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ep.1-7:無邪気な来訪者②

限界突破(ブレイクスルー)!

「そ、そんなに大げさなこと? あたしたちは、ただここに来ただけで、べつに殺されなきゃならないようなことは何もしてないじゃない!」

「周りを見てみろ」

「え?」

「この惨状を見て、何もしていないと言い張るつもりか?」

言われて周囲に目を向けたアリスは、「え……と……」などと呟きながら視線を彷徨わせ、しかし何も言えずに叱られた子供のように俯いた。

実際、俺らが到着した時点ですでに底辺台地は大変なことになってたんだ。
幸いにして、蔵や食糧倉庫といった谷の民にとって生命線となる貯蔵施設までは被害が及んでいない。だが、役場や学び舎といった文化的に重要な建物が集められた南側の一帯は、地面があちこち穴だらけとなり、壁の一部が崩れたり炎であぶられたような跡も確認できる。

つい1時間ほど前まで、ぽかぽか陽気で平穏そのものな光景だったってのに。花も下草もグチャグチャに踏み荒らされて、いまは見る影もないといった有り様だ。この後に及んで、何もしていないなどという寝言が通じるはずがない。

「ま、あんたらだけのせいとは言わねぇよ。多分、先にキレたのはこっちだろうし、東の住民の中にも、後先考えず魔法で攻撃してた奴がいたからな」

やや怒気を強めて呟くと、その魔法で攻撃してた連中が「うぐっ」と目を逸らした。

「だが、そもそもの原因を作ったのは、間違いなくあんただ、お姫さま」

「なんでよっ!? なんであたしの」

「さっきの質問に答えろよ。あんたらはここに、何をしにきた? まさか俺たちの住処すみかを破壊するために来たわけじゃないよな?」

「ち、違うわよ! あたしたちは、追放されたアルファード兄さまを探しにきただけよ!!」

ま、そんなこったろうとは思ってたが。
これは周りの一族に聞かせるための問答だ。一触即発いっしょくそくはつの事態をこれ以上長引かせないための。

「へぇ。追放……ねぇ」

10日前のアルファードは「王が出奔しゅっぽんを急がせた」と言っていた。
その言い回しが気になって後で確認したが、王さまは追放というよりむしろ、新たな戦乱の火種になりかねないアルファードを逃がすつもりだったらしい。内心の思惑がどうだったかは知らないが、少なくともアルファード自身はそう受け取っていて、別に谷に向かわずそのまま行方をくらませても構わなかったわけだ。

そんな裏事情があるとは知らないアリスは、俺の白けた反応にムッとした顔で、

「だってアダリス兄さまやエルミス姉さまは、昔からずっとアルファード兄さまに無理難題を押し付けてばかりだったものっ。今回だって断れないように、重臣たちのいる前でわざと聖具の話を持ち出したのよ。アルファード兄さまの目があれば、風が濃密な場所を特定して聖具を見つけることなんて容易いはずだって!」

え~~~っと?
アダリスってのが王太子で、エルミスが第一王女だっけか?

「でもいくら兄さまがお強くたって、たったひとりで大森林に入るなんて無謀なこと、死にに行けって言ってるようなものじゃない。そのうえ父さまったら、ろくな装備も、路銀も、旅支度をする時間さえ与えずに、その場で王城から追い出したのよ!? だからあたし、フェガロたちに頼んで」

「助力するために、アルファード王子を追いかけてきたと?」

「そうよっ」

「だが、今さら追いかけてどうするんだ? 大森林に入る前ならいざしらず、自力で辿りついたアルファード王子の足跡を辿ってきただけのあんたらは、なんの助けにもなってないだろ。谷にいらん騒動を持ち込んだだけだ」

「あ、あたしは悪くないわよ! そっちの赤いひとがいきなり切り掛かってきたからっ!」

アリスが指さしたのは、いまも眉根を寄せて渋い顔をする赤毛のモルド。
混乱する一族の中では「万が一に備えて谷の守りを強固にすべき」だと唱えていた穏健派で、聖具探しにも前向きだ。とくに怒りっぽい性格ではないが……。

「あんたが怒らせるようなことを言ったからだろ」

「い、言ってないわよ」

「谷の民を蛮族ばんぞくと呼んでたんだってな?」

「……えっ……ば?」

アリスは、何を言われたのか分からないという顔でキョトンとしたが、自分がどんな失言をしたのか自覚はしてもらわなきゃ困る。

「侍従たちは汚れた蛮族だと言っていたが、意外に普通……ね。褒めたつもりだったかもしれないが、あんた自身が俺たちを見下していると白状してるようなもんだ」

「………………そ、そんなつもりじゃ……」

言いかけたアリスは、いまだ殺気立っている俺の後ろの住人たちを見て、再び気まずげに視線を落とした。これで態度が改まってくれるならありがたいが、人の性質なんてそう簡単には変わらない。どうせまた無自覚な暴言を吐くんだろう。
やれやれ、と思ったところで、上から緊張感のない声が降ってきた。

「ああ。やっぱカイエが止めてたか~」

「ん? あれ、ケリル兄。なんで東の村にいんの?」

なぜか逆さの体勢からクルッと縦回転して台地に降り立った男。
平均寿命が180歳くらいになるアエローフ族としてはまだ若者の域である、今年58歳になる一番上の兄で、北の村に住んでいるケリルだった。
後頭部でゆるく束ねた砂色の髪をふわふわなびかせながら歩み寄ると、腰に片手を当てて肩をすくめる。

「父さんに言われて伝言を届けにきたのさ。村長たちはいま、収穫祭に向けた打ち合わせの真っ最中だから、カイエが相手をするなら采配は任せるって」

「丸投げかよ」

「信頼されてるんだよ。実際、父さんたちが来たところで、外との交渉を任されたカイエが取りまとめ役になるのは変わらないだろう?」

「まぁ、ね」

もともとそのつもりだったから、今さらっちゃぁ今さらだが。
ともあれケリル兄が持ってきた伝言で、アリスたちの処遇は俺の一存で決めていいという確証を得た。あとはいかにこの場を収めるかだが……。まず谷にとって一番重要なのは、この先も侵入者が現れるのか否か、だよな。

「なぁあんた。ひとつ確認しておきたいことがあるんだが。いいか?」

俺が訊ねたのはネフリティスという侍女だ。

「はい。どのようなことでございましょう?」

3人の従者の中で彼女だけは、年の若い俺が相手でもあなどった態度はみせず、伏し目がちな姿勢のまま丁寧に問い返す。

「あんたの光魔法はどの程度のものなんだ? 治癒ヒールや、灯光ライトあたりは普通として、もしかして探査系の魔法も使えるのか?」

「はい。左様でございます」

「えっと確か、当人の身近な物に宿る思いの残滓ざんしを解析して、同じ波長の痕跡こんせきを浮かび上がらせる魔法ってのがあったよな? 記憶紋解析メモリア・シグナ……だっけ? かなり光属性との親和性しんわせいが高くないと使えないし、俺も書物で読んで知ってるだけで試したことはないけど」

「お転婆な姫さまをお世話するために身につけた魔法でございます。なにぶん独学ゆえ、習得した魔法の数こそ限られておりますが、治癒魔法に限った話であれば、我が王国お抱えの魔法師たちに引けをとらぬ腕前であると自負しておりますわ」

「へぇ。なら、しばらくは追加の侵入者がくることはない……か」

いま話題にしたのは、行方不明になった人を探すのに使われる魔法で、扱える術者が少ないうえ使用頻度が限られるから、あまり習得する魔法師もいないとされる魔法だ。

この4人以外に伏兵ふくへいがいた可能性は否定できないが、仮にそいつらが国へ戻って谷へのルートを伝えたところで、少人数で挑むには難易度が高い森だし、風の聖具があるという確証が得られないこの段階で大勢の兵を派遣する意味も大儀もない。

「でもカイエ、隠し道の入口の結界は張り直す必要があると思うよ。たぶん彼らの手で、みじんに破壊されてるだろうしね」

ケリル兄は愛嬌たっぷりに、片手をパッと開いて爆発するような仕草をしてみせる。
それに頷いて東の住人たちを振り返ろうとした時、ずっと俯いたままだったアリスが「あ、あたし」と震え声をあげた。

「こんな風に騒動を起こすつもりはなかったの。ホントよ!? た、ただ、アルファード兄さまに楽器をお届けしようって……思っただけで」

「楽器?」

「あ、あれよ」

彼女が振り返ったのは、さっき庇われながら立っていた役場の壁際だ。
そこに一抱えほどある古びた皮袋が落ちていた。

取りにいこうと立ち上がりかけたアリスを片手で制して、ちょいと指を振る。
皮袋はスイ~っと宙を飛んできて俺の両手に収まった。それほど大きくも重くもないが、皮袋のうえから探った感じ、こんもりとした形状の弦楽器だ。

「アルファード」

この皮袋を見たとたん、わずかに動揺する素振りをみせた男を振り仰ぐ。

「これってもしかして、母親の形見って言ってたリュートか?」

「……ああ」

「なるほどね。それで話が繋がった」

状況をざっくりまとめると――
アリスは、自室に戻る余裕もなく置き去りにすることになった母親の形見をアルファードに届けようとし、侍女はその楽器に残った思いの欠片を魔法で読み取って、谷への道しるべに使った。そんで、アリス本人に悪気はなかったものの、到着早々に無神経な発言をしたせいで谷の民の怒りを買った……と。そういうわけだな。

「じゃあこれは、持ち主に渡して構わないよな?」

「え……ええ」

アリスがぎこちなく頷くのを待って、ほいっとアルファードに皮袋を手渡す。
無感動に受け取った彼は「ありがとう」とだけ呟いて中を覗き込み、しかし取り出すことはせず袋の口を閉じた。

どんな楽器なのか。それとこの兄妹きょうだいの妙なよそよそしさは何なのか。
大いに気になるところだが、いまはそういう状況でもないよなと思い直して、足元の4人に向き直った。

「状況は理解した。あんたに悪気はなかったことも、とりあえず納得する。だけど」

チラとアリスの背後に目を向ける。

「あんたたちを許せるかどうかは、また別問題なんだよな」

「……ま、そうだろうな」

ハハッと、肩をすくめて苦笑したのは銀髪の男―――フェガロだ。
胡坐あぐらの膝に片手をつき、もう一方の手をヤレヤレというように掲げてみせる。

「しょ~~じき言って、姫さんがやらかした時点で、オレですら、死、やむなし!って思っちまったくらいだからなぁ。お前さんが戦闘を止めてくれて感謝してるよ」

「え、ちょっと、フェガロっ!?」

「うんうん。アリス嬢ちゃん、悪いお人じゃないんっすけどねぇ。ちょ~~っとばかし口が過ぎるっつ~か? 跳ねっ返りなのが玉にきずなんっすよねぇ」

「カライスまで! もうっ!」

カッと頬を赤くしたアリスは、笑うカライスの二の腕を拳でポカポカ叩いた。
このやり取りだけで、普段の彼らが「一国の姫と従者」というよりは「気の置けない仲間」として過ごしているのだろうことは分かる。

それにさっき見た剣技。
あれだけ戦える男が忠臣ちゅうしんとしてつかえるくらいだ。
アリスもきっと悪い子じゃないんだろうし、型破りで自由奔放な王女を放っておけず、親身になって支えている……そんな感じなんだろう。

普段ならば「仲のいいこった」と肩をすくめる場面なんだが。
いまの俺の心境じゃ、まさしく火に油。ますます苛立ちを募らせるばかりだった。

「カイエ」

顔を寄せたケリル兄が、俺の耳元で聞こえよがしに囁く。

「上を飛び回る鳥たちもお腹を空かせてるみたいだし。どうする? っちゃう?」

顔はふんわり笑顔のままだが、目が笑ってない。
俄かにザワッと、背後の住民たちの気配も変化したのを感じつつ、俺は腕組みをしたまま「う~ん」と首を傾げた。

「丘まで運ぶのも面倒じゃねぇ?」

「だぁってそこらに転がしといたら、影を取りこんで魔変まへんしちゃうだろう? バラバラに刻んで袋にでも詰めとけば、たいして運ぶ手間もかからないし」

「ダメだよ、ケリル兄さん。祈りの丘は一族だけの神聖な場所なんだし。余所者よそものとむらいになんて使えないでしょ? それより鎮魂ちんこんまじないだけして大森林にでも埋めちゃえば、痕跡こんせきも……」

ウィリオまでが大真面目な顔で会話に加わったところで、「分かった分かった!悪かったっ!」とフェガロが慌てた様子で両手を振った。

「これ以上、あんたたちを怒らせるつもりはない! お、オレたちも命は惜しい」

「そそ、そうそう。おいらも謝るっす」

「だったら最初からそうしてくれ。これ以上ふざけた真似をするなら、次は問答無用で首をし折るからな。俺の力はさっきも示したと思うけど、あんたら4人の首を同時にひねることくらい、楽勝だぞ?」

東の住民たちが見ている前でもある。
念押しの必要性を感じた俺は、少し離れた場所に落ちていた木の枝を何本か手前へと引き寄せた。それを宙に浮かべ、指一本触れることなく捻じり折ってみせる。

「……っ……」

目の前でバラバラッと崩れ落ちた木片を見た4人は、揃って息を飲んだ。
どうやら、さっき「処刑」といった俺の言葉は、ただの脅しだと思っていたらしい。ようやく自分たちが危ない綱渡りをしていたことに気づいた様子で、青い顔のまま押し黙った。

それを見て、少しだけ溜飲りゅういんが下がる気はしたんだが。何も解決はしていないうえ、弱い者いじめをしているようなこの状況はどうにも気にいらない。

ほんと。普段の俺なら、ここまではやらないんだけどな。

そう思った途端、襲ってきた疲労感に思わず「はぁ……」と大きく溜息をついた。

「……カイエ。それで、どうするんだい?」

いつも気が回る幼馴染みが、遠慮がちに問う。

「どうするも何も。このまま帰すわけにはいかねぇだろ、こいつら」

彼らを国に帰せば、それこそ、村長会議の時に爺さんたちが言ってた「次は兵らを引き連れて来るかも」が現実になる。口止めなど意味を成さないし、アルファードが此処ここに居ることを知られている以上、イエヌス側に「王子の救出」なり「谷の掌握しょうあく」なり、何かしらの口実を与えることになってしまう。

とはいえ、最初から正攻法で駆け引きを持ち掛けてきたアルファードとは違って、こいつらには信ずるに値するだけの理由も価値もない。生かしておいたところで谷の資源を損なうだけだ。冗談抜きで、殺しちまうのが一番安全かつ手っ取り早いんだよな。

けどまぁ、アルファードの妹だし? 殺さずに済むならその方がいい……よな。

「じゃあ、どっか閉じ込めておくんだね?」

「……あ~~~~それしか無い……んだが……」

ガシガシと頭を搔きながらしばらく迷って、結局ウィリオを振り返った。

「すまん、ウィリオ。頼まれてくれるか?」

「うん。他に適当な場所はないからね」

「ああっ! そうよねぇ。それが一番よねぇ」

物思わしげに俺とウィリオを見比べていたモニカも、パチンと手を叩いて頷いた。
さっすが俺の幼馴染みたちだ。
言葉にしなくても、俺の考えを察してくれたらしい。
俺たちの会話を聞いていたケリル兄も、少し考えてから「ああ」と呟いて、拳でポンと手を叩いた。

「なるほど。ウィリオの家にか」

「うん。ウィリオんちも岩穴いわあな住居で高い場所にあるし、いまは1人暮らしだからさ。生前に親父さんたちが使ってた部屋がそのまま残ってるからちょうどいいだろ?」

それに、聖具を探し始めてからもずっと俺のかたわらにいたウィリオが、一番状況を分かってるから、何か問題が発生した場合にも対処しやすいってのもある。

よし。そうと決まれば。
くるっと振り向いて、たむろしていた東の住人たちを見渡した。

「いまの話、全部聞いてたよな? そういうわけで、こいつらはウィリオんちに滞在させる。気にいらないからって手出しするのは厳禁。他の連中にもそう伝えてくれ」

「……ちっ。仕方あるまいな」

一番手前にいた栗毛の住民が、苦々しげに呟く。

「だが、問題を起こすようならお前が始末しろ。それがわしらの、精一杯の譲歩だ」

「ああ。分かってる」

そこからの皆の行動は早かった。
真っ先に「は~い」と手を挙げたケリル兄と数人が、大森林側の入口の再封印を行なうべく隠し道へと向かい。台地をデコボコにした張本人たちが魔法を使った埋め戻し作業を始める。
崩れた役場の壁はひとまず土壁で塞いで、後日改めて修復することになった。

燃えてしまった樹や草花はどうしようもないのでまとめて撤去。まぁどうせこれから冬がくるし、春になってから種を撒けば済むだろう。

そうこうする間に、世話役を買ってでたモニカと女性たち数人が、ウィリオと共に、砂まみれになっていた4人を共同浴場まで案内していく。
ウィリオんちに住まわせるにしたって、汚れたまんまじゃアレだからな。

まぁ。あとはウィリオに任せておけば問題ない。
東の住民たちを手伝って台地の修復を進めながら、俺はボンヤリとそう思っていた。


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