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#06 禁断の儀式

カルマの詩

キャリッジを使えば時間が掛かりすぎてしまう。
やむなく少年を自分のチョコボに同乗させ、ジャックスたちは東ラノシアへと急行した。

到着したのは夜明け前だった。
先に来ていたメンバーと合流し、救出したあとの人々を運ぶための段取りを打ち合わせたあと、急いで問題の御曹司の館へと向かう。
遠目に館の様子を伺ったジャックスは、名状しがたい異様な気配を感じて眉をひそめた。

「……何でしょう、この嫌な感じ」

「瘴気ですね。あの館から」

「ええ、私の目にも黒い瘴気が、館を覆い隠すように立ち込めてるのが見えます」

同行していた癒し手たちが、堪え難い異様な気配に顔を顰めながら異口同音に言う。
そんな濃密な瘴気に当てられたのか、身を屈めていたジャックスの腕の中で黒髪の少年――名はカイというらしい――も小刻みに身体を震わせ始めていた。

「カイ?貴方はやはり先ほどの駐留所で待っていたほうが」

「だ、大丈夫!」

何度言い聞かせてもカイはそう強情に言い張った。
戸惑いつつジャックスは館への侵入手段と、捕らわれた人々の救出方法を考えていた。

問題の御曹司の屋敷には、男の背丈の倍近くもある高い塀と頑強な鉄格子の門が守りを固めている。流石に先日の廃墟ようにこっそり忍び込むというのは難しいだろう。となれば正面から入るしかないのだが、門前には守衛らしき人影もなく、どうやって門を開ければいいのか見当もつかない。

「イエロージャケットから、何か聞いてませんか?」

保護した人物の話を聞いていたという女性に小声でたずねてみる。
すると彼女はチラと彼方を見やってからヒソヒソと答えた。

「この屋敷……もともと人の出入りは少ないらしいのよ。唯一あるのは数日に一度ほど食料や日用品を届けにくる商人と、人相の悪い厳つい男くらいだって」

「人相の悪い男?」

「近所の住人の話よ? 10日ほど前にも、3~4人の若い女を連れて出入りしているのを見たというから、おそらくそれがこの子のお姉さんたちを連れた奴隷商人だったんじゃないかしら」

「なるほど。しかしどうやって中に……」

うーんと呻ったジャックスの腕の中で、顔を上げたカイが門を指差して言った。

「あそこ。あの門の横の穴の空いたとこ。あそこに木槌があって、それで叩いて合図してた」

「え!?」

少年の指差す方を見ると、確かに門の左手に丸くくり抜かれた穴と台のような物があり、そこに木版と木槌らしきものが置かれているのが見える。
おそらくカイはこれまでに屋敷を訪れたことがあり、中に入る機会を伺っていたのだろう。だがいくら無鉄砲な少年でも、単独で挑むには無謀すぎると断念せざるを得なかったに違いない。

「となると、あとは中に入る理由ですか……」

「いまの話の流れからすると、可能性がありそうなのは奴隷商人に化けて取り引きを持ちかけることくらいか?」

虚空を睨みつつ呟いたオリヴェルに頷いて、ジャックスは背後にいた癒し手の女性に話し掛けた。

「この中で攫われた女性……に扮することができそうなのは貴女くらいなんですが、引き受けていただけますか?もちろん商人役は私で、貴女のことは全力でお護りしますから」

茶色の髪をしたミコッテ族の彼女は、一瞬キョトンと目を見開いてから慌ててブルブルと首を振った。

「いやいやいやいやいや!む……無理ですよ!いくら体格は合ってても、攫われたか弱い女性のフリなんて無理ですもん!せ、せめて絶世の美女とかだったらまだしも、あたしは顔も大したことないし、胸も小さいし、お貴族様に気に入られるような魅力なんてどこにも……!」

彼女が全力で拒否したがる気持ちは理解できるので攻められない。
とはいえ他の同行者はみな男性で、双剣士ギルドに所属する女性も頑強なルガディン族。攫われた女性を演じるには少々難がある。

「絶世の美女…………ですか……」

ジャックスが、ふとオリヴェルの横顔を見つめた。
視線を感じて振り返ったオリヴェルと目が合う。
体格の点で華奢と呼ぶには難があるものの、絶世の美女に扮することができる容姿を持つ者なら1人だけいる。

「…………オリヴェル」

「寝言は寝て言え」

「まだ何も言ってませんよ」

「何を言おうとしてるか分かるっつ~の!!」

「貴方でしたらいざとなれば武器を取って反撃できますし、美女に扮することが出来そうな心当たりが他にいないのです」

「俺だって見た目にかなり無理があるだろうが!」

「でも貴方は、貴族女性としての振る舞いをよくご存知だ」

真顔で告げたジャックスを、ムッと顔を顰めてオリヴェルが睨み返す。

「…………あんたがそれを言うのかよ」

「貴方の心を傷付ける発言をしているのは百も承知です。だが、もはや時間がない。手段を選んでいられない以上、多少無理でもやってのけるしかありません。お願いします」

オリヴェルはなおも怒った顔でジャックスを睨み続けていた。
が、やがてふっと表情を緩め、大きく溜息をついてから「分かった」と小さく呟いた。

一旦近くの街へと引き返し、オリヴェルが美女に扮するための衣装の手配と、ジャックスが商人に化けるための衣服やキャリッジを手配する。
そのあいだに夜があけていき、商人が屋敷を出入りしても不思議ではない時刻が訪れた。
簡素な衣服に身を包んだジャックスは、目立たぬように忍ばせた双剣の手応えを確かめながら、キャリッジの荷台に座るオリヴェルの姿をつくづくと眺めていた。

それにしても……とジャックスは胸中で呟く。
艶消しの薄紫色のドレスを身に纏い、髪を結い、捕らわれ人らしく手枷を嵌めた姿でいるオリヴェルは、元の彼を知る自分が見てもまさに美女と呼ぶしかない色香を放っていた。

顔は薄化粧で、体形も変わっているわけではない。ただ身にまとう雰囲気がまったく異なる。
普段纏っている覇気のある男らしいムードは消え去り、まるで人格が入れ違ってでもいるかのように、儚げでなおかつ高潔な血筋を伺わせる風情だった。血気に逸る男ならば誰しもが一度は手折ってみたいと望む高貴な華のような……。人は気配を替えるだけでこうも別人になり切れるものなのか。

「御曹司とやらが、この手合いの女を好むかどうかは知らねぇけどな」

無意識に見つめ続けていたジャックスの視線に抗うように、ふいっと気配を戻してオリヴェルが呟く。
この男は毎度なぜこうも、こちらの心中を見透すような反応をするのだろう?

「ですが、興味を抱くことは間違いないでしょうね」

「…………」

「ともかく門の内側に侵入できるところまで保てばいいのです。門の鍵を手に入れたら、門番らへの対処は双剣士ギルドのメンバーに任せましょう。私たちは一刻も早く、くだんの御曹司と捕らわれた人たちの居場所を突き止めねば」

「ああ」

やがてキャリッジは貴族の館の前に到着した。
御者をつとめていたメンバーに目配せして、ジャックスは慎重に門扉へと歩み寄る。
近づいてみると、よりいっそう禍々しく濃密な瘴気が立ち込めているのが分かった。これでは捕らわれた女性らだけでなく、屋敷に住まう家人たちも変調をきたしている可能性がある。

門の横に据えられた木槌を取り上げ、カイに教えられた通り合図を送ってみる。
数分は何の気配も現れなかった。もしや音沙汰なしかと再び木槌を持ち上げたところでようやく、門から十数ヤルムほど離れた奥に見える館の扉が開いた。
館から出てきたのは家令と思しき身なりをした40歳くらいの痩せた男だった。片手に灯りを持ち、のろのろと歩くその姿には、まったく生気が感じられない。顔もまるで仮面をつけているかのような無表情だった。
男は門扉まで辿り着くと、ガサガサとひび割れた不明瞭な声で言った。

「ナニか……ごヨウ、デスカ」

「こちらに出入りする商人より噂を聞きつけて参りました。お屋形様におかれましては、高貴なる女性にご興味はお有りではないでしょうか?」

「…………」

男はのそりとキャリッジの荷台へと目を向けた。
荷台に横たわるオリヴェルの姿を確認した男の目が、微かに暗い翳りを帯びる。
凍りついたように荷台を見ていた男はやがてジャックスの顔へと視線を戻し、瞬きすらない異様な表情のまま、踵を返して屋敷の中へと消えていく。
もしや失敗だったかと焦る気持ちを抑えつつ待ち続けていると、5分ほどして再び男が現れた。

「だんなサマガ……オあいニナ……ルト。オとおしスル……ヨウ」

「ありがとうございます」

あまりにもアッサリと受け入れられたことに戸惑いつつも平静を装って一礼する。
するとのろのろと覚束ない足取りで真横に歩を進めた家令は、門扉を取り付けた壁との境目辺りを探る仕草を見せた。

どうやらそこに開閉のための装置が隠されていたらしい。
重い鉄格子の門扉がゆっくりと左右へと別れていき、やがてキャリッジ一台分が通れるほどの入り口が開けた。
家令は無言のまま身振りだけで、中へ入るようにと促した。

ジャックスは頷いて御者をつとめる男に合図をし、自分は荷台の横に沿うようにしてゆっくりと門の中へと歩みを進めた。
家令が再び装置を動かし門扉が閉じていく……寸前、複数の気配が荷台の陰に紛れるようにして門の内側へ滑り込んだ。もちろん隠形した双剣士ギルドの者たちだ。
家令はそれには気づかぬまま、ジャックスたちを館の中へと促す。
怯える(ふりをした)オリヴェルを荷台から下ろし、引きずるようにして館へ入っていくと、そのあまりの異様さにジャックスは思わず息を飲んだ。

黒一色に塗りつぶされた壁。
窓もすべて内側から土塊で埋め潰されており、ところどころに下げられた蜜蝋の灯のみが唯一の光源となっている。暗さはそれだけではない。もはや通常人の目にさえ映るほどの瘴気が視界を遮っているのだ。
そんな中ですら目に飛び込んでくるのが、左右に開いた扉の向こうに並ぶ猛獣と思わしき剥製の数々。奇妙なのは狼の体に鳥の頭が付いていたり、猿人の両腕に猛禽の翼が付いていたりと通常ではありえない姿をしていたことだ。

(…………キメラ……か)

おそらくあれは実験として用いられた獣たちの成れの果て。
結果として不十分なそれらに飽き足らず、人間を実験台に使おうと考えたのだとしたら。

先を歩く家令はのろのろと、しかし迷いのない足取りで通路を進む。
これだけ大きな屋敷にも関わらず、途中誰とも遭遇する気配すらない。やはりこの屋敷の家人はすでに瘴気の影響を受けてしまっているのだろうか。だとすればどこに。
ジャックスの心の声に応えるように、隠形したまま背後に付き従っていた双剣士の幾人かが、ひとり、またひとりと屋敷内を捜索するために散っていく。