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#01 黒衣の森で出会う

夢魘は、君が光に昇華する

ヴォルクは毎夜、夢をみる。
明るい月が照らす小さな集落。夜闇にいくつも浮かび上がる炎。
その灯りを遮るようにして迫る、黒く蠢く生き物の影。

迫る影たちから護るように、自分に覆いかぶさる母親。
押し付けられた母の胸の向こうで鋭く上がった悲鳴。
続く、母のくぐもった呻き。

身動きがとれぬまま固まるヴォルクの前身を辿るように滑り落ちた母親の体。

ふいに開けた視界。炎の赤。
迫りくる影……影……影………………そしてヴォルクは悲鳴をあげる。

繰り返し、繰り返し、見続けてきたはずの結末だった。
ところがその瞬間、影の後ろから、白い光が差し込めた。
白い光は黒い影を包み込むように広がり、またたく間に消し去っていく。

尻もちをついたまま呆然とするヴォルクの視界に、白い光をまとった人のような姿が映った。
顔は見えない。しかし、微笑んでいるように感じる。

(……誰だ??)

どこか遠くで、怒り狂う夢魔の憤りが聞こえた。

やがて白い光はヴォルクの身をも包み込むように広がっていき…………。



ハッと目をあけると、見慣れた森の一角だった。
立ち込めるのは濃密な草木と土と水の匂い。
周囲に蠢くのは、小さな小さな生き物たちの息吹。

木陰に見え隠れする太陽の位置からすると、正午をいくらか過ぎたくらいの時刻らしい。
こんな明るい時間なのにうたた寝をしてしまったのは、この頃続いていた妖異討伐の疲れが溜まっていたからだろうか?

上体を起こして片手で首をさするヴォルクは、ふと、先程みていた夢の断片を思い出した。

ヴォルクは毎晩、悪夢をみる。
それは十数年前のある日、実際に起った出来事の再現だ。

当時5歳ほどだったヴォルクと両親は、遊牧の民が集う集落で居候をしていた。
そこへある晩、妖魔の軍勢が襲ってきて、集落を壊滅させたのだ。

ヴォルクの両親も、この時妖魔に殺されたのだが、ヴォルク自身は間一髪駆けつけた冒険者たちの手によって救い出され、一命を取り留めた。

ところが、起き上がれるようになってしばらく経ってから、自分の心臓付近に小さな妖異の欠片が寄生していることに気がついた。

それは夢魔の種。
意思を持たぬゆえに魔術師たちも感知できなかった、微小な妖異だった。

それ以来、ヴォルクは両親が殺された晩の夢を見るようになった。
やがて夢魔の種は、少年の悪夢を食べて芽吹き、意思を持った妖異となった。
しかし寄生した場所が心臓ゆえに、簡単には除去することができない。
身を寄せる親類も知人もなく、天涯孤独の身となったヴォルクは、夢魔の存在を誰にも打ち明けることができないまま、やがて十数年の月日が経過した。

初めに見ていたのは、ヴォルクの癒えぬ心の傷が生んだ悪夢だったのだろう。
2年ほど経過した頃から、悪夢は様々なデフォルメがされたものへと変化していた。

時に妖異が巨大な生物の姿をしていたり、両親の姿が醜悪しゅうあくに崩れていたり。たいていは直近に遭遇した事件や、見聞きした出来事が反映された悪夢だった。
けれど、先ほど見ていたような白い光が夢に現れたことはない。

(あの光は……いったい……)

首をさすっていた手を胸へと下ろし、夢魔が寄生している心臓あたりを見下ろしていると。

「きゃあああああああああ…………っ!」

どこからか、慌てたような悲鳴が聞こえてきた。
ヴォルクは思わず立ち上がり、周囲を見回した。
すると、左手側にある低い木立の向こうで、ガサガサと激しく草木が揺れ動いているのが見えた。

不審に思いつつ近づいてみると、そこに居たのは黒い髪をした1人の少女と、サソリ型の低級の魔物だった。

法衣に身を包んだ少女は、見るからに駆け出しの冒険者といった風情だった。
だが彼女の身に迫っているのは、姿こそ巨大だが、そこらの昆虫と大差はないレベルの低級な魔物だ。駆け出しの冒険者でも手こずるような相手ではないのだが……。

ひと目でそこまでを判断したヴォルクだったが、混乱しているらしい少女はまともに防御を取ることもできず、魔物にぺしぺし打たれるがままになっている。

溜息をついたヴォルクは背負っていた弓に手を伸ばし、おもむろに魔物に向けて一撃。
魔物はその一撃で、あっさりとエーテルを散らして霧散した。

「おい、あんた、大丈夫か?」

ヴォルクが少女のもとに歩み寄ると、少女はビクリと肩を揺らして振り返った。
年の頃はヴォルクより少し下、14~15歳といった処だろうか?
涙を浮かべた黒い大きな瞳が、ヴォルクを視認するなり、キッと怒りに釣り上がった。

「お、お、お、遅いですわよ!! た、助けるなら、もっと早くできないんですの!?」

「………………」

ヴォルクは思わず半眼になった。
怖かったのは分かるが、助けられておいて、それは無いんじゃなかろうか。

つい、助けたことを後悔しそうになったものの、傷だらけな少女の姿をみて(やれやれ)と思い直す。

「とにかく街へ戻って、魔物に付けられた傷を浄化してもらったほうがいい。低級な魔物でも、場合によっては大事を引き起こすことがあるからな」

(俺のように)と胸中でつぶやき、ヴォルクは少女の手をとって立ち上がらせた。

そのまま街へと少女を送り届けたヴォルクは、癒やし手の元で治療を受けるのを見届けると、じゃあなと小さく呟いて立ち去ろうとした。すると、それまで気まずそうにしていた少女が顔をあげ、ためらいがちに口を開いた。

「ご……ごめんなさい、ですの。あ、ありがとう、助けてくれて」

顔を真赤にして恥ずかしそうに言う少女に、微笑を浮かべたヴォルクだったが。
ふいに、あることに気づいた。

(………………この、気配……)

少女の纏うエーテルの色が、あの夢に現れた白い光と、似ている……?
まさか。この少女は一体??

治療を終え、明るい笑顔を浮かべて「クルエラですの」と名乗った少女を、ヴォルクは言い知れぬ不安と疑問と共に見つめていた。


◇◇◇◇◇◇

「あら、ヴォルク。奇遇ですのね?」

それから10日ほど後のある日。
冒険者ギルドに立ち寄っていたヴォルク傍らに現れたクルエラは、挨拶もそこそこに、得意げな顔になって胸を反らしてみせた。

「聞いてくださいな。わたくし、ついに冒険者として登録して頂けることになったんですのよ!」

「おお、そりゃ良かったな」

「ええ! このわたくしにかかれば、魔物の5匹や10匹なんてことないのですわ!」

「………でっかいサソリ相手に、涙目になったことはあったがな」

「そ、そ、それは、若気の至りって奴ですわよ!」

意地悪なヴォルクのつぶやきに、クルエラは顔を真赤にしてわめき返す。
ここ数日付き合ってみて分かったが、彼女は基本的に、前向きで邪気のない性格の持ち主だった。

彼女は姓を明かさなかったが、商業都市ウルダにかつてあった資産家の令嬢であるらしい。
しかし、ひと月ほど前に流行り病で両親が他界。
その遺産目当てで集まった親戚にだまされる形で、ほぼ全ての財産を奪いつくされ、残ったのは大きな屋敷と、幼い頃から可愛がってくれていた初老の執事のみ。

せめてその屋敷だけでも守ろうと決心したものの、維持には思った以上に金がかかる。
それで自ら金を稼ごうと冒険者を志したが、戦闘経験などない彼女は、冒険者登録に際しての試練として与えられた初めての討伐依頼すら勝手が分からずに苦戦し、困っていたところをヴォルクに助けられた……という経緯であったらしい。

ならばと、ヴォルクが戦い方を簡単に指導し、あとは本人次第だと言い置いて別れたのだが。
どうやら無事に冒険者としての第一歩を踏み出したようだ。

「良かったな」

何の気なしにそう呟くと。
彼女はふと真顔になり、それから微かに目元を染めて横を向いた。

(…………ん?)

その反応に、おや?と内心首を傾げたが、クルエラは「用事を思い出した」と慌てたように去っていってしまった。

「……? なんだったんだ?」

キイキイと音を立てる扉に向けて呟いてみたが返答が返るはずもなく。
結局その意図は掴めないまま、その後もヴォルクは時おり、冒険者同士としてクルエラと共闘することになる。