建物を出たラルグさまは肘の上にボクをのっけてから宙に浮きあがった。
必然的に空から見下ろすことになった村。視界が開けてすぐにボクは「わっ」って声をあげることになった。
「わ~~~~~!すっごいひと……!」
最初に転移してきたニレの大木がある広場。そこから村にかけての一帯が鎧をきた大勢の兵士たちで埋め尽くされてた。
大隊ってことは、え~~っと……500~600人くらい? だっけ?
みんなそれぞれに荷下ろしとか、テントの設置とか、武具の手入れみたいなこと始めてて。命令が来たらいつでも動けるよう準備を進めてるみたい。
まるでファンタジー映画のワンシーンみたいだっ!
ただここには馬や人の汗や武具の臭い、金属の擦れあう音、生き物が息づくたくさんの気配があって、映像を眺めてたのとはぜんぜん違う生々しさがあった。
なんかさっきまではあんまり意識してなかったけど。
こういうのみると、これから始まるのは戦いなんだなって……改めて実感する。
ボクがそんなことを考えてた傍らで、飛行しながら腕組みをしたマルコットさまが、さっきいた建物を振り向いて不機嫌そうに言った。
「バシリル少将から詰問があるだろうことは想定済みだったけど。思ったよりも不快なものだね。異世界人ときいた時の、あの騎士たちの反応は」
あ、マルコットさまが気になってるのはそこ?
「全属性使いの異世界人ときいて驚くのはしかたないとしても、わたしたちが居る前であからさまにユウトを値踏みするような顔をするなんてね」
「まぁ、仕方がないでしょう。魔法の使えない異世界人は奴隷……というのがこれまでの常識だったんですから。つい数か月前までユウトを同様の存在として扱ってきた俺たちだって、あまり他人のことは言えません」
「まぁ、それを言われると返す言葉もないけど」
降参…とでもいうみたいに片手をかざしたマルコットさまは肩をすくめる。
抱っこされたまま2人を見比べてたボクは、べつに奴隷扱い……は、されて無いよなぁって思った。
確かに首輪と手枷がついてたし、ラルグさまに抱かれてたけど。
エッチしてるのは今もだし。
毎日美味しいご飯を食べて、お風呂に入って、ふっかふかな天蓋つきのベッドに寝させて貰ってたひとを、あんまり奴隷って言わないと思う。
だから侯爵家のひとたちを恨む気持ちなんてこれっぽっちもないんだよね。
「ともあれ、これでユウトの存在は瞬く間に王国中に知れ渡るでしょう。不愉快な憶測が広まる前に、ユウトの実力を目に見える形で示さなければ」
「そうだね。その意味では今回の魔物討伐は好機と言えるのだけど。問題は、あれがわたしたちの手に負える代物かどうか……かな」
「ええ。願わくば、大戦に突入する事態だけは避けたいところですが」
そんな話をしてるうちに、いよいよ森が近づいてきた。
北側のむこ~~~のほうに国境へ向かう道がみえて、リネーデの森はまるで、スカート型をした山脈を縁どるレース飾りって感じに左右へ広がってる。
やがて木々の合間にウヨウヨするものが見えた時、ボクは思わず「うえぇっ!!」って叫んでた。
「気持ち悪っ! なんか、虫の大群みたいっ」
「……ああ」
「そうだねぇ……」
漫画だったらズモモモ~~ンとか書いてありそうな、紫色の瘴気に包まれた森。そこにいたのは想像をはるかに超えちゃうレベルの魔物の群れだった。
こんもりしたドーム型の体に足がいっぱいついてて。
表面がテカテカした黒い魔物。
知ってるモノに例えるなら…………ゴ〇ブリ。
牛くらいの巨大サイズになったあれがギッシリ詰まってるみたいな感じっ!
しかも、ギュウギュウ詰めなせいか魔物同士が共食いみたくなってて、倒されて消滅するそばから、新しい魔物がポンポンポン!って飛び出してきてる。
腕組みしたままそれを眺めてたマルコットさまが、眉間にしわを寄せて「妙だな」って呟いた。
「過去に何度も魔物の大量発生はあったけど、こんな、見る間に増えるといった湧き方はしなかったはずだ。幾らなんでもこの発生の仕方は異常だよ」
「そうですね。これじゃ、あまりに際限がなさすぎる」
「いままでと何が違うんだろう? 森には特別変わったところがあるようには見えないんだけど」
「俺にも……これといって引っ掛かる気配はありませんね」
ボクもラルグさまの首に掴まりながら、きょろきょろと周りを見渡した。
こういう時、ファンタジー漫画とかだったら、魔物が這いだしてくる真っ黒い泉だとか、渦をまく洞窟とか、次元の裂け目とか描かれてたりするんだけど。
う~~~ん、とくにそういったものは見当たらないよねぇ。
森はモヤモヤ、ウヨウヨしてるだけだし。
周りには数軒ずつお家が見えるだけで、他は枯れた畑だし。
はるか遠~~~くに山へ向かって伸びる道が見える他は、右も左もほとんどおんなじ風景が―――。
「……あれ?」
「うん? どうしたユウト」
「なんか、変な感じ」
ボクがみてたのは、国境へ向かう道の手前にあった、壊れた建物がたくさん建ってる場所だった。
すぐ近くの森から瘴気が覆い被さってるから見えにくいけど。
なんだか…………風景が変だ。
え~っと、あれ? これって、このあいだ街で見たのと一緒だ。
何かがチグハグになってて気持ち悪い感じ。
そのまま、じ~~~~~っと見てたら、すっとピントが合うみたいになった。
「あ! 見えた! ラルグさまあそこっ!!」
指さした先に、渦みたいにギュギュ~~ッと集まる何かが見える。
「あの廃村か? そこになにが見えるんだ?」
「紫色の霧みたいなのがいっぱい集まってってるんです。さっき騎士さんたちが話してた、吸い寄せられてたっていうのはアレじゃないのかなぁ?」
「紫ということは、闇属性? まさかユウトには魔素が見えてるのかい?」
「う、うっと……たぶん?」
頷いたのと同時にラルグさまがボクの額に手を当てた。
たぶんボクの記憶を介してその光景を見たラルグさまは「なるほど」と呟いて、その場でくるっと身を翻した。
「ラルグリート?」
「あの廃村に何かがあるようです。ともかく行ってみましょう」
「あ、ああ」
目をパチパチしたマルコットさまも向きを変えて、廃村のある方へ移動する。
近づくごとに森から漂ってくる瘴気の気配が濃くなった。
さっきまでは微かに臭うって感じだったのが、まるで粘液が肌に纏わりつくみたいな不快感に変わって、ラルグさまもマルコットさまも嫌そうに顔を顰めてる。
そして辿りついたのは真っ黒に焼け焦げた柱と土台があるだけの場所だった。
魔物の姿はないけど、もう息苦しいってくらいの瘴気が充満してる。
っと思ったら、地面に降り立ってすぐに、片手を振ったラルグさまの手の平から白っぽい光がフワ~~~~~っと広がって、ボクたち3人の体を包み込んだ。
暑い場所から涼しい木陰に入ったときみたいに、すうっと体が楽になる。
「ありがとう、ラルグリート」
「ええ」
「で、ここになにがあるんだい? こうして見ていても、わたしにはただの廃村にしか見えないのだけど」
「あ、え~~~っと」
さっきの感じを思い出して、じ~~~っと目を凝らす。
10秒くらいで視界に紫色の流れみたいなものが見えてきた。
流れていくのは廃村からちょっと外れた場所。森の木々が折り重なった奥に大きな岩のようなものがあって、その壁に吸い寄せられてるみたいに見えた。
「あのおっきな岩があるとこに、魔素? が吸い寄せられてるみたいです」
「行ってみようか」
400メートルくらいの距離を歩いてく。
その途中でラルグさまたちも、魔素が引き寄せられてる気配を感じたらしい。
目で見えてるのはボクだけだけど、ここまで強いと感覚で分かる。
村から見えてた大きな岩は崖に貼りつくみたいにして立ってた。
たぶん手前側の土地が沈下して出来た崖の端っこが、だんだん崩れて丸くなったみたいな形をしてる。
「どうやらこの岩みたいだね」
「ええ。これといって変哲のない岩壁のように見えますが」
2人がペタペタ触ってた岩に、抱っこされたままボクも手を伸ばした。
ら。
まさかの出来事が起きた。
いきなりフォン……みたいな音がして岩がボンヤリと光った!
すぐに地面から1メートルくらいの高さの岩壁がすぅ~~っと消えて、縦横30センチくらいの穴が現れる。
「えっ!? なにこれっ!」
慌ててラルグさまの腕から降りて穴を覗き込んだ。
旅行鞄を入れるコインロッカーみたいな、四角くて奥に深い穴だった。
灯がないから見えにくいけど中に緑色の水晶みたいな石がある。
手を伸ばしてその表面に触れてみたら、ぼや~~っと文字のようなものが浮かび上がった。
「……? なにか書いてある」
「その石は、取り出せないか?」
「あ、どうだろ」
ちょっと力を籠めてみたけどビクともしない。
でも暗さに慣れた目に、だんだん文字が鮮明に見えてきて。書いてある文字の意味が読み取れた瞬間「ええええっ!?」って叫んじゃった。
「どうした、ユウト!?」
「に……日本語で書いてあるっ!」
「ニホンゴ?」
「ボクの住んでた国の言葉です。き……均衡の輝石って、これっ!」
間違いない。ここってボクの読んでた小説の世界なんだっ!
小説の中では、剣術大会に優勝して「世界を救ってくれ」って頼まれた勇者が、仲間とともに旅をしながら探してたのが【均衡の輝石】だった。
ホントだったら光と闇のバランスを保つための調整弁みたいな役割の石だ。
その物語では、自分たちに都合のいい世界に変えちゃおうって企んだ魔族たちが石を壊しちゃったから、それを再生して回るってのが本筋のお話になってた。
ここにある石は壊れてるようには見えないけど……。
でも、バランスを崩してるっていう状況は同じなのかもっ!
「ユウト、そのキンコウノキセキというのは何だ? それもラノベとかいう本に書かれていたことなのか?」
「あ、はい。ボクの知ってるお話では、これは光と闇の均衡を保つために神様が設置した楔だって設定になってました」
それからボクが知ってる小説の内容を話すと、2人とも、じ~~っと石を見つめて考え込んだ。
やがて森を仰ぎ見てから、ラルグさまは独り言みたいな口調で言った。
「仮に物語の通りだとするなら、この岩は闇の魔素を過剰に取り込む状態になっている……ということか。吸収しすぎた魔素を抱えきれず、その反動で魔物が生み出されているのだと仮定すれば、森の現状への説明がつく」
「確かにね。先ほどから朧げにだけど、この岩が力の破裂のような律動を繰り返しているのを感じるし」
マルコットさまの言うとおりだった。
ボクの目にはいまも、ぎゅぎゅ~~って集まってくる力が、一定の圧力に達するたびにボフッ!ってなるのが見えてる。
もしあちこちに設置されたこの輝石が、何かのきっかけで誤作動を起こして魔素を吸収しまくってるんだとしたら。みんながずっと「魔素が薄い」って言ってたのも、急に魔物が増えたのにも説明がつくし。
均衡の輝石のことを知ってるボクが転移させられたことも、ボクだけ魔素が見えてるってことにも、細かい仕組みは全然わかんないけど納得できる。
だけど。
「つまり、この石が正常な状態に戻れば、あの魔物の異常な発生が抑えられるってことだね。しかし、どうすれば修復ができるんだろう?」
問題はそれだよねぇ……。
たとえば割れたりヒビが入ってるならそれを直せばって思えるけど、こうして見てるかぎり、石じたいは異常がないみたいだし。
「ユウトの読んだ本には、修復の方法は書かれてなかったのかい?」
「え~~っと、小説では石がバラバラに壊れちゃってて、それに勇者が力を注ぐ……んだったかなぁ? なにかすると元の姿に戻ってたんですけど。でもこの石、壊れてはないですし」
「そうだね。見ている限りでは」
「だが、託宣によってユウトが遣わされた理由がこれなのだとしたら、何らかの解決方法をユウトが持っているはずだ」
「う~~~~~~ん……」
もしかして触るとなにか起きるかもと思ってさっきからペタペタ触ってるけど。
でも文字が見える以外は何にも起きないし。
目の前では魔素がぎゅぎゅ~~って集まって、ボフッ!を繰り返してる。
魔素をいっぱい吸収しすぎて悪循環が起きてるんだとしたら、それを自然な形で放出できればいいんだと思うんだけど……。
なんとか「吸収⇔放出」っていうちょうどいいバランスに変えられないのかなぁ??
(均衡の輝石……均衡……バランス……変換……循環……変える……回る……繰り返し………………ん? 回る??)
ふっと連想したのは、ボクが魔法を使おうとする時に思い浮かべてるイメージ。
魂の周りを、土星の輪っかみたいに7つの光が囲んでる。
いつもはそのうちの1個を体内に巡らせるイメージで魔法を発動してるけど、もし、7つとも同時に発動できるとしたら……どうなるんだろう?
「―――……ラルグさま」
「ん?」
「魔法って、たとえば火と風とか、複数を組み合わせて使うことって出来るんですか?」
「出来なくはないが、相当に難しい制御だぞ? 双方の均衡が保てなくなれば魔法が暴走してしまうからな。それがなにか関係があるのか?」
「ボク……7つの属性を全部発動できるから……もしかしたらって」
「……っ……まさか7属性を同時にか!?」
「他のひとになくて、ボクだけができることって考えると、それしか思いつかないです」
「………………」
異なる力を別々に使う、んじゃなくて、循環させる。
そんな風に7属性を同時に使うことができたとしたら。
それが実行可能なのは……全属性使いの、ボクだけだ。
腕組みして俯いたまま、ぎゅ~っと眉を寄せてるラルグさまの横で。
さらりと茶色の前髪を掻き上げたマルコットさまが言った。
「試す価値はあるんじゃないかな?」
「……兄上」
「どのみち他に打つ手がない。魔法の暴走がと考える気持ちはわかるし、わたしも同感だけれど。もしほんとうにそれが可能だとすれば、ユウトにとって……唯一無二の切り札となる」
それでもしばらく考えてたラルグさまは、やがて大きな溜息をついた。
それから、ボクの頭にポンと手をのっけて複雑そうな顰め顔のまま「頼む」と呟いた。
「あ、はい、ラルグさま!」
心配そうにする2人の顔を見比べてから、改めて穴を覗き込んだ。
だいぶ目が慣れたから、六角柱の透明な石の細部までよく見える。
その石の表面の文字に両手で触れてから、頭の中に魔法のイメージを思い浮かべた。
魂の周りに浮かぶ「赤・青・緑・黄・白・紫・茶」の7つの光。
1個だけを引き出すんじゃなくて、7つをグルグルと回すように。
イメージをし始めてすぐ、全身がまるで虹みたいな輝きを帯びた気がした。
できる。発動できる。
そんな感覚がしてる。
全身を巡ってく魔力の流れ。
それがゆっくりと両手に集まってくる。
不思議に心地よくて温かい光。
ラルグさまの腕の中で、ポカポカ微睡んでる時に似てる。
幸せで。満たされて。
心の隅々までが綺麗になってくような。
なによりも、誰よりも、居心地のいい場所。
《この石もそんな風に…………世界すべてを満たせばいいのに》
そう思った瞬間だった。
両手に集まってきた7色の光がすうっと石に吸い込まれた。
いきなりグラッ!!!と地面が大きく振動した。
「……っ!」
「おっととっ」
後ろで慌てたみたいな声がする。
でもボクは頭の中に浮かび上がったイメージに従って、そのまま7色になった光を石に向けて流し込み続けた。
石の真ん中にボウ……と点った虹色の光。
均衡の輝石は透明で綺麗だけど、さっきまでは紫色のモヤモヤに包まれて窮屈そう……って感じだった。
それが呪縛を解かれたようにキラキラと輝きだす。
そっと目を開けたら、放ち始めた輝きが一瞬、岩の表面をす~~っと通り抜けるみたいな光景が見えた。
ずっと集中し続けていた魔素の流れが、ピタっと止まる。
20秒くらいの間を置いて岩の周りでぐるぐるとした渦を巻き始めた。
そしてゆっくり……ゆっくりと波紋が広がるように、虹色の輝きが辺り一帯へと拡散していく。
立ち込めてた瘴気までがいっしょに押し流されていくのが分かって、嬉しくなったボクは思わずラルグさまを振り返った。
「やった……やった、できたっ! ラルグさま、ボクできましたっ!!」
同じように森を見ていたラルグさまは不思議な表情でボクを見おろした。
そして両手でボクを引き寄せると、苦しいくらいの力でギュッと抱き締めた。
「……ああ。よくやった……!」
「ほんとだよっ! まさかこんな奇跡が起こるなんて!」
珍しく興奮した声をあげたマルコットさまも、両腕を大きく広げてラルグさまごとボクを抱き締める。
「ユウト、君がこの世界に来てくれて良かった。いま改めてそう思うよ」
「マルク兄さま……」
「さぁラルグリート、戻ろう! さっきの衝撃で、何が起きたのかと皆が慌てているはずだ。すぐにこの状況を報告しなければ!」
「ええ、兄上」
もう一度、思い切るようにギュッと抱き締めたラルグさま。
再び片腕にボクを抱えあげると、さっきまでのモヤモヤが嘘だったみたいにスッキリ晴れた冬の空へと飛びあがった。

