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#31 魔物の大発生 ②

ボクの優しいご主人さま

時間はたぶん5秒とか10秒くらい。
眩しくて閉じた目を開けた時にはもう、超でっかい木の下にいた。

「わぁっ!?」

幅が両手を広げた倍以上ある太い幹に、横になが~~~く枝を広げたおっきな木!
なんかこれ、テレビCMでみたことある!
さっきニレの大木って言ってたっけ。実物はじめて見たっ!

きょろきょろ周りをみたら、木いがいは何にもない場所だった。
下に草が生えてるだけの空地が広がってて、200メートルか300メートルくらい遠い場所に建物の姿が見える。あれがエコルド村、かな??

ほんとに、あっという間に遠くまで来ちゃったんだな~!
全員をいっぺんに【空間転移】って……ちょっと考えただけでもメチャクチャ凄い魔法だってことは分かるし。
めっちゃ異世界っぽ~い!

ついつい興奮してはしゃいじゃいそうになったんだけど。
すぐに、ぞわわわって、気持ち悪いなにかに背中を撫ぜられるみたいな感じがして、恐るおそる後ろを振りかえった。

ラルグさまや、クライアンさまたちも同じほうを見てた。

地図でみると王都からは東にあるヤドルって名前の山脈。
その北側には隣国とを結ぶ街道があって、山脈の途中くらいのところに国境となる関所がつくられてる。その麓に広がる森林が、魔物が沸いてるっていうリネーデの森。
遠目に見えてるその森全体が、紫色のもやもやで包まれてた。

「これは……予想以上に深刻かもしれませんね」

額の巻き毛を掻き上げながらのマルコットさまの呟きに、ああとクライアンさまが頷いた。

「ノーラ、父上から何か詳細は聞いてるか?」

「いいえ。お父さまは現地へ向かえと仰っただけよ。それと、バシリル少将の軍がこちらへ向かってるってことだったわ」

「ふん。あとは自前で情報収集しろということか」

「不確実な情報だけ潤沢にあっても意味がありませんからね」

「違いない」

肩を竦めたクライアンさまを先頭に、みんなが村の方向へと歩きだした。

ガヤガヤと聞こえてきた村の中には、騎士服姿のひとたちがちらほら見えた。
でも様子がみんなバラバラだ。一般の兵士らしいひとはまだ居なくて、マルベスカ家の兄弟みたいに召集をきいてひとまず先行してきた各家の騎士って感じ。
その内のひとりで灰色の服をまとった騎士さんが駆け寄ってきた。

「鮮麗の貴公子! 若さま方もっ! さすがにお早いご到着ですねっ」

「ああ、お前かバイロニー。ちょうどよかった」

短く刈り込んだ焦げ茶色の髪をした騎士さんは、ペコって会釈する。
彼は、足を止めずに歩き続けるクライアンさまの横へ並んでから「はい」と頷いた。

「斥候の者たちが先ほど戻ってきたところです。もうまもなく少将の率いる大隊も到着するとのことですので、このまま本営へお越しください」

「了解した」

騎士さんの案内で辿りついたのは噴水のそばの大きな建物だった。
教会みたいに長椅子が並んだ部屋の奥、いかにも村人って感じの農耕服を着たオジサンと騎士たちが、木のテーブルを囲んで深刻そうな顔でお話してる。

ボクはジェフリーさんと一緒に部屋の端っこへ移動。
そのまま真っすぐテーブルのほうへ進んだクライアンさまたちは、出迎えたひとたちに頷いてテーブルの上の地図を見下ろした。

「詳しいことは少将が到着されてから聞くが。数万の群れというのは本当なのか? これほど急激にその数が沸くなど俄かには信じがたい」

「わたしも耳を疑いました。ですが、周辺の各砦に駐留する魔法師たちが同じタイミングで同じ索敵結果を報告してきたのことです」

「確かにこのところの発生頻度は異常だが……。このペースで増え続ければ、森の外へと溢れだして冗談ではなく大厄災へと発展しかねんな」

「ええ。幸い、瘴気の影響を受けたという者の報告はまだ上がっておりませんが」

「……いずれ、時間の問題ですね」

ずっと無言だったラルグさまが呟いて、重苦しい雰囲気のまま皆が頷いた。

ボクもちょっとだけラルグさまから聞いてる。
この世界で発生する魔物の問題。
それは単にたくさん魔物が湧いて困るってだけじゃない。
厄介なのは瘴気に当てられちゃった「人間」が魔物になってしまうこと。

ほとんど場合は体が崩れて化物みたくなっちゃうんだけど。
たま~に人の形や意識を保ったまま魔物化しちゃうひとがいて、そうなると討伐される側もする側も、深刻なダメージになるんだって。

そりゃあね。
もし家族とか友達だったひとが魔物になってしまったら、誰だって。


それから10分くらい経った頃。
ドドドドってたくさんの人の気配が近づいてきた。

遠くから聞こえてた蹄の音が、ボクたちがいた建物のそばまで来て停まる。
バタン!っておっきな音を立てて扉を開けたオジサンが「わりぃ!」って大声と共にドカドカと駆けこんできた。

「出掛けにちょっとした揉め事があってな、到着が遅れちまった!」

入ってきたのは、胸にいっぱい略綬がついた黒い軍服の、40代か50代くらいに見える渋い顔のオジサンだった。
服装からしてすごく偉いひとなんだけど、雰囲気は何となく野性的だ。
雑に掻きあげた黒髪の額におっきな傷があって、いかにも百戦錬磨の勇将です~って感じ!

どうでもいいんだけどさ。この世界に来てからめっちゃテンプレなひとが多いなぁって思うの、ボクの気のせいっ?

振り向いたひとたちがみんな左手を胸に当ててお辞儀する。
まっすぐにテーブルへ歩み寄った渋いオジサンは、ひとりだけ黒い騎士服のラルグさまを見つけて破顔した。

「お~~~~~ラルグリートじゃねぇの! クライアンたちも一緒か。マルベスカの兄弟がツラ揃えてんのを見るのは久しぶりだなぁ、おい!」

「少将閣下。お久しぶりです。……相変わらずお元気そうで」

「おうよっ。まだまだくたばるには早ぇ!」

「ところで出掛けに揉め事とは?」

「んや、それがなぁ、ボルドの阿呆が一緒に行くってゴネてよぉ」

「殿下が?」

横で聞いてたお兄さんたちが、見るからにイヤそ~~~な顔になった。
これもラルグさまにきいたけど、王弟殿下って呼ばれてるひと、兵士さんたちに威張り散らしたり空気読まずに攻撃したりするからすっごく嫌われてるんだって。
少将さまは、ガリガリと顎を掻きながらしかめっ面で頷いた。

「近ごろは戦もなくて影が薄ぃからなぁ。てめぇの力を誇示したいんだろうが、いまの段階でしゃしゃり出てこられても面倒なだけだからな。適当に放ってきた」

「そのまま王都で大人しくしててくださればいいんですけどね」

「まぁ、もって2日ってところでしょうね」

マルコットさまとエリノーラさまがやれやれって感じで相槌を打つ。
テーブルの奥側へ回った少将さまを騎士さんたちが取り囲んで、会議が始まるのかなって思ったら、ふっとあがった目が端っこにいたボクのほうへ向いた。

「ところで、そこのちっこいのは誰だ? 初めて見るツラだなぁ?」

それに釣られて周囲にいた騎士たちが一斉に振り返る。
皆にじじ~~って見つめられて思わず、ジェフリーさんの袖に掴まっちゃった。

「あ、あの……」

ど、どうしよ。これ名乗ったほうがいいのかなっ。
でも、偉いひとと勝手に話したら、周りのオジサンたちに怒られそうだし。

困ってたら、目が合ったラルグさまの指先がちょいちょいってボクを呼び寄せた。
ビクビクしながら近づいてみると、両手で肩を掴んで前に立たされる。

その様子をテーブルの向こうから眺めてた少将さまの目が、ふっと何かに気付いたみたいに細められて、すぐにまん丸くなった。

「おいまて、こりゃすげぇ! 7色かっ!」

「ええ。紹介します。この子の名はユウト・クサカベ。まだ正式な披露目は終えてませんが、このたび縁あってマルベスカ家に迎えることになった俺の婚約者ですよ」

「ああ! 近ごろ話題になってた例のアレか!」

ポンと手を打った少将さまは、は~~っと感心したように息を吐きだした。

「男の嫁なんてと難色を示すやつらも多かったが……なるほどな! 7属性すべてに適性を持つ異能の魔法師だってんなら話は別だ。近い将来、新たな5属性使いクインテラーが誕生するかもしれねぇってことだからなぁ。しかも白のローブを纏ってるってことはすでに治癒系の光魔法が使えんだろ? 先陣に立つお前にとっちゃありがてぇ相棒じゃ……」

「光魔法だけじゃありません」

少将さまの言葉を遮ったラルグさまがチラっとお兄さんたちに目を向ける。
視線を受け止めたクライアンさまは、左側にいたエリノーラさまとマルコットさまと順に見交わしてから真顔で頷いた。
どうやらご兄弟全員、いまがその時・・・だと判断したみたいだった。

「発現したばかりなのでまだ高度な術は使えませんが、ユウトは7属性すべての魔法が使えます」

「はっ!? ま……まさか、全属性使いオムニアなのか!」

みんなが「えええっ!?」って声を揃えて、お部屋がいきなりパニックになった。

「オムニアとは、あの、伝説の!?」

「まさかっ! あ、ありえないっ」

「光と闇の性質は相克。その両方の祝福を同時に受けることは不可能であるはずだろう!?」

「い、いやそれ以前に、この子はまだせいぜい十二・三だろう? こんな年若い少年の才覚では複数個の属性を扱うことなど到底っ……」

そんな、まさかと騒ぐひとたちの中で、逆に難しい顔のまま黙り込んだ少将さまは慎重な口調で言った。

「…………おいラルグリート。その坊主どっから見つけてきた? 仮に辺境の村に住んでた引きこもりのド貧民だったとしても、7色を持つ子供の存在がこの歳になるまで知られてねぇはずがねぇ。ってことは、まさかの異世界人か」

「はっ!? お待ちください少将さまっ。それこそあり得ませんよ!」

「そうですよっ! 魔力回路を持たない異世界人には魔法が使えない。それは周知の事実なんですから!」

「だがそうでもなきゃ説明がつかねぇだろうが。どうなんだ? ラルグリート」

「ええ、そうです。ユウトは、ギスカース領で彷徨っていたところを俺が保護した異世界人です」

「……っ!」

「その際にはまだ全属性使いオムニアであることが明らかになっていなかったので、庇護下に置くためやむなく奴隷契約を行ないましたが。その後、7属性ともに魔法発動可能となったことは、俺がこの目で確認しています」

それをきいた騎士さんたちが「マジかよっ!?」と叫んで再びパニックになった。

ラルグさまに魔法を教えて貰うようになってから知ったんだけど。
そもそも熱と冷である【火】と【水】。
動と静である【風】と【土】。
そして【光】と【闇】。
それぞれ正反対の性質だから、本来は同時に習得することは出来ないらしい。

それでも四大元素ならごくごく稀に、「火」と「水」の両方を使いこなせるラルグさまのようなひとがいて、二刀流だとか5属性使いクインテラーとかって呼ばれてる。

そんな天才のラルグさますら、光に適性を持つから闇魔法は使えなかった。
だからこそ全属性使いは伝説だって言われてたんだよね。

難しい顔のまま絶句してた少将さまが、やがて気を落ち着けるように片手で顔をこすってから口を開いた。

「おい、ラルグリート。このこたぁ陛下には」

「むろん。報告済みですよ」

「ならいいがよ。オレさまが言うまでもねぇんだろうが、異世界人が魔法を使えるようになったなんざ……とんでもねぇ爆弾だ。下手すりゃ暴動が起きかねん」

「ええ。分かってます」

「―――あの阿呆を置いてきて正解だったぜ」

ふぅ……と大きく深呼吸をした少将さまは周囲を見渡した。

「ともかくいまは、これ以上余計な議論をしてるヒマはねぇ。お前らもこの話は一旦保留だ。いいな?」

「……ははっ」

「んで? 話を戻すが、何がどうなってるって?」

「はっ。わたしがご説明します」

胸に手を当ててお辞儀をしたのは、さっき案内してくれたバイロニーさん。
テーブルに広げた地図を指さしながら今の状況の説明をしてくれた。

それによると、魔物の大量発生はホント突然のことだったんだって。

リネーデの森に近い砦にはいつも魔法師さんたちが常駐してる。
今朝がた急に(息苦しい)って感じたひとたちがいて、どうしてだろう?と調べてたら、サァ~~~っと何かが吸い寄せられてるみたいな揺らぎを目撃した。そして、何だあれ?って首を傾げてるうちに、森のあちこちでポン! ポン、ポンッ!って感じに魔物が沸き始めて、あっというまに埋め尽くすみたいになっちゃったらしい。

砦から見えてるだけでも数千。
もちろん全部は数えらんないけど、その気配が森の全体に広がってたから、おそらく万単位の魔物が沸いてるんだろうって判断したみたい。

「あの森全域となると厄介ですね。手をこまねいていたらすぐに近隣へと広がってしまう」

「まさかまとめて焼き払うってわけにもいかねぇしなぁ」

「そうですね。森を幾つかに分け、エリア毎に兵を割り振って人海戦術で叩く方が、森への損害を抑えられるでしょう」

「しかし兄上。先ほどの話からすれば、魔物の数は予想より早いペースで増え続けていることになります。その原因が特定できなければ埒があきませんよ?」

「ああ、分かってる」

「吸い寄せられるって、何がかしら?」

「さぁ。魔法師たちも《ような光景》を目撃したとだけ話していて、まるで要領を得ないのですが」

「ん~~~~まぁ……ともかく、調べてみねぇことには判断のしようもねぇな」

ごつい顎をさすさすしながら周りを見た少将さまは、ラルグさまに目を止めた。

「こん中で飛行可能なのは、お前とマルコットだけか。すまんが、ちょっくら行って調べてきてくれねぇか?」

「ええ。もともとそのつもりです」

「ひとまず、どの規模の群れがどのへんまで広がってんのかと、増殖のスピードだな。可能なら原因も見つけてきてくれると有難ぇが」

「なら、ユウトも連れていきます」

「あん? この坊主を?」

「ここにいる面々で闇に耐性を持つのはユウトだけですからね。それに異世界人であるためか、この子にはどうも俺たちとは違う何かが見えている節がある」

「ほぉう?」

またジロッと睨まれて背中がビクッとなる。

う、嘘は言ってないよ~?
前に街で魔物の騒動があった時、ボクには景色が違って見えてたもん。
それはラルグさまに伝えてあるし、この国で一番魔法に優れたラルグさまの判断をボクも疑ってない。

ただ……さっきから、周りのひとの視線が怖いんだよね……。

少将さまに一旦保留って言われたけど、異世界人と知って明らかに蔑む目付きになったひとがいるし。品定めするような怪しい視線を向けるひともいる。

少将さまはそういう風には見てないけど。
どっちにしても、ちゃんと魔法が使えるってこと証明しない限り、ボクはいつまで経っても奴隷扱いのまんまだ。

「が……頑張ります」

オドオドしつつ答えたら、ああって少将さまは表情を緩めた。

「んじゃ、頼んだぜ」

「はっ」

無表情に目だけを動かしたマルコットさまと頷き合って、ラルグさまはボクを小脇に抱えたまま入口に向けて歩き出した。