名残り惜しそうなオジサンたちにバイバイ手を振って。
馬車の停まってるほうへ歩いていきながら、クライアンさまはすごく上機嫌そうにボクの髪をよしよしした。
「思った以上の成果だな、ユウト。わたしもなかなかに鼻が高いぞ」
「えへへっ!」
「今後もこうして少しずつお前の名を広めて、足場を固めていかねばな」
「はい、兄さま!」
いつもはどちらかといえば無表情なクライアンさまに笑顔で褒められて、ボクはすごく嬉しくて、撫ぜられたトコを両手で触れながらニコニコと笑った。
その時だった。
急に背後から、ぞわわっと嫌な感じがして背中がビクッとなった。
「……っ!?」
おんなじ気配を感じたらしいクライアンさまも振りかえった。
遅れて気がついた従者さんたちも同時に背後の空を振り仰ぐ。
馬車が停めてあった場所とは反対側。
ボクたちがいた場所からは100メートルくらい離れた道の上の、連絡通路みたいな石造りの橋の向こう側に、なんかぐるぐる渦巻く煙みたいなものが見えた気がした。
「こんな街中で瘴気だとっ?」
唸るみたいに言ったクライアンさまは、すぐに宙に円を描いて、異空間収納から紺色の鞘の剣を引っ張り出した。
それからジェフリーさんを振り向いて鋭く命令した。
「ユウトを抱えてろ! 絶対に手放すなよっ!?」
「もちろんですよ、若!」
言うが早いかジェフリーさんは、ボクの腰に腕を回してひょいっと抱え上げた。
その格好のまま早足で、先を走りだしたクライアンさまとハーキムさんを追っていく。
抱っこされたまま近づいてく方向から、キャーって声が聞こえ始めた。
迷いのない足取りで路地を走っていくクライアンさまを追って向かった場所に、紫色っぽく見えるモヤモヤしたものが立ちこめてた。
その下に、でっかいマシュマロを沢山くっつけたみたいな黒っぽいブヨブヨした塊が3つ蠢いてる。
もしかして、あれが魔物っ!?
魔物がいたのは、1メートルくらい高くなった道の横の広場に並んでた露店の真ん中。
一帯がモヤモヤしてて、足元には露店の商品がいっぱい散乱してた。
キャーって逃げ惑う街のひとたちの流れに逆らって一直線に向かってくクライアンさまは、走りながら小さく何かを呟いて掲げた剣に炎をまとわせる。
隣を走ってたハーキムさんも剣を振りかざしてブヨブヨ魔物に切りかかった。
「……はぁっ!!」
気合いとともに縦に一閃したクライアンさまの剣は、右端に浮かんでたまあるい赤い玉を両断して魔物を消滅させる。
他に2体いた魔物もハーキムさんと一緒にあっという間に倒しちゃった。
すっご~~い! さすが魔法騎士の称号を持ってるひと!
普段は黒っぽいジャケット着てて、銀縁眼鏡クイッとしてるインテリ会社員みたいなひとだけど。やっぱりいざって時には強いんだな~~っ!
ボクを抱っこしたまま広場の端で立ち止まってたジェフリーさんは、周りを見回して、他に異変がいないか確認してた。
魔物が居なくなったと同時にモヤモヤが徐々に薄くなってってる。
クライアンさまたちが魔物を倒したのを見た街のひとたちが、ワァッと歓声をあげて「さすが若さま!」って駆け寄ってきた。
クライアンさまは近づいてきた街のひとたちに、広場の後片づけと、街の衛兵さんたちに警戒させるようにって指示する。
それを眺めてたボクは「あれ?」って首を傾げた。
気のせい、かな?
なんか空気が……グラグラして見えて気持ち悪い、みたいな。
「坊ちゃん? どうしたんです?」
きょろきょろ周りをみたボクに気付いて、ジェフリーさんが怪訝そうに訊ねる。
そこに「ユウト」って呼んだクライアンさまの声が重なった。
「ラルグに光魔法を教わっていただろう? 可能なら、広場の浄化をしてくれるか?」
「あ、はい、兄さま」
ジェフリーさんに下ろして貰って、広場の真ん中までトコトコ歩いていった。
周りにいたひとたちが、何するんだろう?って顔で見てる。
ボクは両手を握って目を閉じてから、頭の中で魂を囲む7つの光の玉の1個、白いのの力が全身の血管をめぐるようにイメージした。
それから手の中に、清浄な光がいっぱい集まるみたいなのを思い浮かべる。
ゆっくり、ゆっくり温かい力が両手に集まってきて、バレーボールくらいの大きさになったのを、両手を開いてパ~~~ン!って一気に拡散させた。
「……ぬおおっ!?」
どこからかビックリしたみたいな声がした。
目をあけてみたら、ブワ~~~~~って広がった鳥の羽みたいな光が、まだ残ってた紫色のモヤモヤとぶつかってチカチカッ!と輝きを放つ。
その輝きが消えた時には、もうさっき感じた嫌な気配はなくなってた。
「やった! できた~~っ!」
思わず万歳したら、見てたひとたちがワァッ!って湧いた。
魔法を教えてくれたラルグさまは、お前のイメージ力次第だぞって言ってた。
詠唱したりとか、名称を唱えるのはあくまでも発動の切っ掛け。イメージが正確なら無詠唱でも実行できるから詳細に思い描けるようになれって。
だからずっとイメージトレーニングしてたんだけど、これで正解だったんだっ!
ぴょんぴょん飛び跳ねちゃいそうなのを我慢してたら、歩み寄ってきたクライアンさまがまた、満足そうに髪をくしゃくしゃした。
「よくやった」
シンプルな言葉だけど、すっごく嬉しい!!
周りのひとたちもみんな、すごいすごいって喜んでる。
腰に片手をあてたジェフリーさんも「さすが坊ちゃん」って褒めてくれて、さぁ帰りましょうって、またボクを抱っこしながらクライアンさまのほうを向いた。
その時、どこからか怖い視線を感じた。
さっきビックリした声がしたほうだった。
ジェフリーさんの肩越し。
プランターのお花が店先に並んでる建物の陰に、ボサボサのヒゲを生やして、汚れた制服を着た4人のオジサンたちが見えた。
口を開けたまま頬っぺたを歪めたみたいな変な顔をしてこっちを見てた。
ビックリしたみたいな、笑ってるみたいな、気味の悪い表情だった……けど。
どっかで見たな~~って思う顔だった。
ほかの3人はすぐに思い出せなかった。
けどひとりだけ、右目の横におっきな黒い傷があって。
それが忘れてた記憶を刺激した。
そのオジサンたちは……―――ラルグさまに拾われた時、ボクを追いかけてた鎧を着たあのオジサンたちだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜。
ご家族全員がテーブルに揃う晩餐の席で、昼間のことが話題になった。
ボクもラルグさまの隣で、お皿のうえの鳥肉の「貴族っぽい上品な切り分け」に四苦八苦しながらクライアンさまの話をきいてたんだけど。
「なにっ、街中に魔物だとっ!?」
タン! と、お酒のグラスを置いて大きな声をあげたのは大旦那さまだった。
家督を譲ってからは気ままなご隠居生活をしてる大旦那さまは、侯爵さまをそのまんま老けさせたみたいな超ダンディなお爺さん。
グラスを叩きつけた姿勢で静止したまま最後まできいてから、半分くらい真っ白になった銀色のヒゲに囲まれた口を「ううむ」とへの字にまげた。
「今日はお前たちが居合わせたから良かったが。こうも頻繁に湧くのでは、民らに被害が及ぶのも時間の問題だぞ……」
「ええ。すぐに、領内の衛兵たちに警戒するよう通達は出しましたが」
「普通の兵士らでは群れが現れた際に対処ができんだろう。いよいよとなれば、わしらも指揮に向かえるよう心構えをしておかねばなるまいな」
「は? まさかお爺さま自ら討伐に赴かれるおつもりですか? そうでなくとも魔素不足なんですし、もうお年なんですから魔力不足を起こせばお命にも……」
「なんだと! わしとてまだまだ魔力の制御くらいできるわ!」
「はいはい。なるべくなら、お爺さままで駆り出される事態にならないことを祈りますがね」
からかうみたいな口調で答えたクライアンさまは肩を竦める。
とりあえず領内の魔法師たちに連絡をして、異変に即応できるよう準備をさせようってご家族が話し合うなか、ずっと無言でいたラルグさまを見つめた。
「ラルグ。何が気になってる?」
夕方に戻ってきたラルグさまは、ボクの話をきいてから考え込む様子だった。
飲んでたスープのお皿からチラッと視線をあげてお兄さんを見てから、自分の手元に目を落として匙を置き、口元を拭う。
その動作にもなんとなく元気がなくて、憂鬱そうに見えた。
「ユウトが見かけたという男たちですよ」
「男たち?」
街でボクが気づいて指さした時には、あのオジサンたちは逃げた後だった。
だからクライアンさまはあのひとたちを見てない。
でもラルグさまは、廃村でボクを見つけた時に追いかけてきた鎧の集団を見てる。
「俺の記憶が正しければ、あれはロンベル伯爵領の兵士だった連中だ。正確にいえば弟のルフレイグの私兵ですが」
「なっ!? よりによってあの男か!」
「ちょっと、冗談じゃないわよっ!? いまあんな奴に知られでもしたら!」
エリノーラさままでが別人みたいに険しい表情になる。
どうしてお兄さんたちが急に慌てたのか分からなくて横を見たら、気付いて目を向けたラルグさまはギュッと眉を寄せた。
「ルフレイグという男は、王弟の腰巾着であるロンベル伯爵の弟だ。そいつは先の大戦中にも王弟派の貴族たちとともに宮廷を引っかきまわして被害を被ったんだが……嗜虐癖を持つことで有名なんだ。過去に何十人もの奴隷を虐待死させてる」
「えっ!」
そんなひとの部下だったの? あのオッサンたち!
たしか10人くらい居て、色も形もバラッバラな寄せ集めみたいな鎧を着てたから、なんとなく野盗とか山賊みたいなひとたちなのかなぁって思ってたけど。
もしあの時にラルグさまが見つけてくれてなかったら、ボ、ボクいまごろ……。
「あの兵士たちはおそらくお前が異世界人であることに気づいている。それが目の前で魔法を使ったとなると、おそらくルフレイグに取り入るための貢ぎ物として狙ってくるだろうな」
「まさか……そんな偶然が起きていたとはな」
クライアンさまはすごく難しい顔で額に指先を当てる。
ご家族みんな無言で考えていたけど、しばらくしてマルコットさまが「けど」と呟いた。
「事が起きる前に気付けただけマシかもしれませんね。どのみち知られるのは時間の問題だったわけですし。起きると分かって警戒するほうが対処のしようもある」
「……そうね。いよいよ現実的になったというだけの話かもしれないわ」
「わたしたちの取るべき道は変わらない、か」
「うむ。そうと分かれば、一族にも通達して王弟派の動向をより詳しく探らせておかねばな」
侯爵さまも深刻な顔で頷くのを見て、申し訳ない気持ちでしょんぼりした。
ボクもいちおう魔法は使えるけど…………それだけなんだもの。
政治とか貴族同士の難しいことなんてサッパリだし。
ラルグさまたちみたいに戦えるわけでも、身を守るための訓練をしたわけでもない。
従者さんに付き添って貰わなきゃひとりでお出かけもできない。
7属性とも魔法が使えるってだけで、ラノベでよくある転生モノみたいな無双とかができるわけじゃないし。
ほんと情けないくらい何にもできないんだよね。
侯爵家にとっても利益があるから守ってくれるんだって分かってるけど。
みんなボクが安全な状態になるよう手を尽くしてくれてるのに、ボク自身には何の力もなくって、見てることしか出来ないんだもんなぁ。
フォークをくわえたまま俯いてたボクの後ろ頭をポンポンとおっきな手が叩く。
見たらラルグさまは、じぃっと穏やかな眼差しでボクを見つめてた。
「何を考えてたかはだいたい想像がつくが。お前が気に病むことじゃない。こうした物事への対処はそもそも俺たちの仕事なんだからな」
「ラルグさま……」
「お前はともかく何が起きても対処できるように知識をつけることが最優先だ。貴族となる上での義務でもある。そこを、取り違えるなよ?」
「は、はい」
や、やっぱりラルグさまって、ボクの考えてること読んでる??
たまにテレパシストかなって思うくらい正確にいい当ててくるんだけどっ。
でも確かに。そうだった。ボクの境遇を変えたのも知識だった。
ラルグさまはいつも言う。
知るのと知らないのでは大違いだって。
冷静でいなきゃ窮地を乗り越えるためのアイディアは出てこない。その冷静さを保つのに必要なのが知ることなんだぞって。
ボクがお披露目されるまであと2か月くらい。
そのあいだにボクにできることは、王さまや貴族の前でも堂々と「奴隷じゃありません!」って言えるだけの教養を身につけること。
そのためにみんなが手伝ってくれてるんだもん。
ラルグさまの言うとおり。ボクも、もっともっと頑張らなきゃ!

