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#20 王城にて。(ラルグ視点)

ボクの優しいご主人さま

翌、正午ごろ、ラルグリートの姿は王城の門前にあった。

フルノーム領の屋敷から城のある王都までは直線距離にして400キロ以上ある。
むろん馬や馬車といった移動手段では日数がかかりすぎるため、魔力不足とならぬよう幾度かに距離を分けて魔法で【瞬間転移テレポート】してきたのだ。

突然現れた黒づくめの騎士服をまとった青年の姿に陶然とうぜんとした衛兵は、怜悧な目元に見惚れた己に赤面しつつ、慌てた様子で頭を下げた。

「こ、これはラルグリートさま」

「陛下に急ぎの用件がある。目通りを願うと伝えてくれ」

「はっ、ただいまっ!」

少年期の面影を残す衛兵はそわそわと肩を揺らしながら通話機をとりあげ、やがて了承を得たのか、どうぞと呟きながら先導をして歩きだした。
それを追ってラルグリートも城壁の中へと踏み込む。

道すがら、青年の姿に気付いた者たちが次々と頭を下げた。
王城の門前に直接の転移が許されるのは魔法騎士の称号を持つ者のみ。
中でも【鮮麗せんれいの貴公子】の二つ名を持つ5属性使いクインテラーであるラルグリートは、爵位こそ持たないものの、ほぼ王族に劣らぬ厚遇を受ける立場だ。

城内の静かな応接室で待たされること1時間。
やがて呼びにきた侍従のあとを追って王の居室へ辿りついたラルグリートは、ノックへの応答も待たず、自ら扉をあけて部屋へ踏み込んだ。

「エイドルフ陛下」

「相変わらず無礼なやつよなぁ、ラルグリートよ」

「公の場ではないのだから、いいでしょう」

ソファで見返した壮年の男エイドルフ・バーレンスは、歩み寄る青年に「困ったやつだ」と言わんばかりの顔で苦笑する。

背の中ごろまである焦げ茶色の髪に、王家の紫を眼窩に嵌め込んだ細身の男だった。

2年前の大戦のおりに先王が逝去し、その混乱のさなかに即位した経緯を持つこの王は、それに多大な尽力をしたラルグリートをことのほか重用している。

先々代の王の娘が侯爵家に降嫁していることもあり、愚鈍な弟や貴族たちとの闘争に頭を悩ませる王にとっては、マルベスカ家が強力な後ろ盾だという背景もあった。

「で? 急ぎの用件とはなんだ?」

互いに気心の知れた仲。
前置きもなくジロリとねめつけるように王が問い掛ける。

腰を下ろした向かいでそれを見かえすラルグリートの表情は平坦だった。

「7色の異世界人が現れました。そのうえ昨日、保護したその者が全属性使いオムニアであることが判明したのです」

「お……オムニアだとっ!? あの、伝承に謳われる賢者かっ!」

「ええ。まさか神話の存在が、ほんとうに現れるとは思いませんでしたが」

実際には、壁を越えたあの時に与えられた能力だろう。
ラルグリートは託宣の夢で最後にみた、ユウトの魂を取り巻いていた2つの光を思い出す。

王は気を落ちつけるようにしばらく虚空を眺めて沈黙していたが、やがてチラリと顔色を窺うようにラルグリートに目を向けた。

「そなたが余の元へ来たということは、ニコラルドも承知のことか?」

「むろん。当家は全属性使いの彼を一族ぐるみで庇護し、侯爵家へと迎え入れることを決議しました。さしあたって陛下には、そのご了承を頂きたいと思いまして」

「迎え入れる? それは一族に名を連ねるということか?」

「ええ」

「だがいま、その者を彼と言わなんだか? エリノーラ嬢は出戻りであるし、妹御もまだしばらくは未成年だろう? 他に……」

と言い掛けて王は「ああ」と愁眉を開いた。

「そういうことか。よくまぁ、あの堅実なマルベスカの一族が首を縦に振ったものだな」

「それだけの価値と将来性があるということですよ」

「ほう?」

驚愕から興味へと眼差しを変えて王は身を乗り出す。
その顔にはすでに、好色という名の余裕のようなものが生まれていた。

「もう味わったのか?」

「ええ。もちろん」

「どのような者なのだ、その異世界人は」

「たいそう整った容姿の愛らしい少年ですね。本人は18歳になったと言っていますが、見た目はせいぜい13~14の少女のようにしか見えません。
非常に頭もいい。気弱そうに見えて、自身の置かれた立場を理解しそれらしく振舞うだけの胆力もある。だが戦のない平和な世界に育ったためか、苦痛に弱く、いさかいごとにはまるで向かない性格だ」

「異世界人は、たいていそうであるようだがな?」

「7色というだけでも稀少であるうえ、全属性使いオムニアだと判明した以上、頭の悪いサルどもに他の異世界人と同じような扱い方をさせるわけにはいかないんですよ。とくにボルド殿下に興味を持たれるのが一番厄介ですから」

「まぁ、あいつは頭の悪いサルの筆頭だからな」

ふんと不機嫌そうに王は肩を竦めた。

そもそも現王家の揉め事の問題点は、腹違いのその王弟が、ラルグリートと同じ5属性使いクインテラーである……という点なのだ。

兄であるエイドルフが扱えるのは水と無の2属性のみ。魔物との戦いが深刻であるこの世界では、より高い素質を持つ者に期待が寄せられるのは仕方がない。

だが残念ながら王弟ボルド・バーレンスは、とにかくたちが悪い。

幼い頃から傲慢で短絡的。思い通りにならなければ烈火のごとく怒り出す。
成人前までは子供の癇癪で済んでいたが、5属性使いと分かってからはますます増長し、周囲の世話役たちも手を焼くようになった。

大戦の最中すら、堪え性がなく勝手に戦端を開くこの男のせいで作戦どころではなくなり、マルベスカの兄弟たちを始めとした魔法騎士たちが尻ぬぐいに追われるような有り様だったのだ。

亡くなった先王も、こんな男が王座に就けば国は終わりだと嘆き、何としてでも王位を守りぬけと言い置いて身罷った。

旧知の間柄である【鮮麗の貴公子】と、争いを好まない家風である侯爵家がかしこく立ち回ってくれたおかげで無用な争いを生まず即位できたが、あの男が継承権を持つ限り不安は付きまとう。

そんな状況での全属性使いオムニアの出現。

「訊くまでもないのだろうが。あえて訊ねよう。そなたの伴侶となるその異世界人も余の臣下である……と解釈してよいのだな?」

「ええ。マルベスカの一族も、あの子をなるべく穏便に迎え入れるため、サルどもの駆除・・・・・・・も含めた検討をすでに始めていますよ」

「…………ほう」

「そのためにも陛下に、異世界人である彼……ユウト・クサカベを俺の伴侶とすることを。そして奴隷ではなく王国民として、身分を授ける承諾をいただきたい」

「ふむ」

王は即答を避け、ふたたび虚空を見つめて考え込んだ。

むろん王にとってこれ以上はない好都合なのだ。
強力な後ろ盾であるマルベスカ家に恩を売れるうえ、世界にも類をみない全属性使いを労せず味方に付けられるなら、否やがあろうはずはない。

だが、ひとつだけ懸念点がある。

「よかろう。ただし、ひとつ条件がある」

「条件?」

そこで初めてラルグリートが微かに眉間を寄せた。
むろん二つ返事で了承するとは考えていなかったが、その「条件」に見当がついたからだ。

果たして王は予想どおりの言葉を口にした。

「婚儀を迎える前に、一度で構わぬ。余のしとねはべらせよ」

「………………」

「興味本位ばかりではないぞ? そなたらの忠義を疑うわけではないが、余とて、見も知らぬ異世界人を無条件に認めるわけにはゆかぬというだけだ。とぎをさせれば、おのずとその人となりもし量れようて」

それは王としてのラルグリートに対する試金石しきんせきでもある。
忠義を示すために愛する者を差しだすのか。それとも「冗談ではない」と突っぱねて得られるはずの未来を不意にするのか。

いつもならば淡々としたラルグリートが、数分近くも逡巡しゅんじゅんしたのちにようやく、不承不承といった体で頷いた。

「……分かりました。取り急ぎの貴族教育を終えたのち、年明けの祝賀の場で披露目をする予定でいます。その際に一夜だけ、陛下にお預けしましょう」

「うむ。承知した」

珍しく不機嫌さを隠そうともせず立ち上がったラルグリートの背に向け、愉快そうな笑みを浮かべた王は「人とは変わるものだな」と小さく呟いた。