「なんとも、面白いものを教えてくれたなぁ」
お夕飯のあと、リビングで寛いでいた侯爵さまがニコニコと言った。
テーブルに乗ったオセロ盤の前では、ステイシーさまと奥さまが対戦中。
いつもならお酒を飲む侯爵さまや、大旦那さまや、お兄さんたちが団欒してるだけなんだけど。今日は大奥さまや若奥さままで居座ってて、勝負の行方をわいわいしながら見守ってた。
「有利な戦況だと思えば、たった一手で引っ繰り返される。まさに頭脳戦だな」
「ええ。ルールがシンプルであるにも関わらず、なかなかに奥が深い」
相槌を打ったクライアンさまも横目で賑わいを眺めてた。
と、思ったら、なぜかその目がラルグさまの足元にいたボクへ向いた。
ご兄弟の中ではクライアンさまだけが、いつも冷めた目でボクを見てる。
別に蔑んだりとか意地悪をしたりはしないけど、魔力回復のためにキスする時もなんとなく事務的っていうか、「来い」「ふん」「行け」みたいな?
淡々としたやり取りをしてることが多かったんだけど。
いまはなぜか、ちょっと気まずいみたいな表情で眉を寄せてた。
何だろ? って首を傾げたら、クライアンさまはチラッとラルグさまを見てから、銀縁の眼鏡をクイッと押し上げた。
「きみは思ったより頭が切れるのだな。わたしは……見誤っていたのかもしれん」
「え?」
「先ほどのステイシーとの対戦を見るかぎり、きみは相手の手を誘導して勝ちを譲れるだけの洞察力と知能があるようだ。わざと負けただろう?」
「あ……えと、お嬢さまがしょんぼりされちゃう……と思って。す、すみません」
思わずステイシーさまを振り返ったけど、対戦に夢中でこっちの会話は耳に入ってなかったみたいだった。
お昼にエリノーラさまと対戦してた時、お姉さんも負けず嫌いだからコテンパンな勝負になっちゃってて、ステイシーさまが癇癪を起こしそうになってたんだよね。
だからせめてボクには勝てるって自信を持ってもらえたらって思ったんだけど。
やっぱ頭のいい人たちの目は誤魔化せないかぁ。
「謝る必要なんかないよ」
ふふっとマルコットさまが笑い、侯爵さまも頷いた。
お酒を一口含んだクライアンさまは、手の中のグラスに目を落としてフッと重い息を吐いた。
「わたしの知る限り異世界人はどれも、泣き喚いて取り乱すだけの低俗な生き物だ。少し知恵が回る者もいたようだが、大半はただ使い潰されるだけの無様な存在に過ぎない。―――稀少な7色であるとはいえ所詮は異世界人。使い勝手のいい道具という以上の価値は無い……と、そう思っていたが」
「きみはぜんぜん他の異世界人とは違うよねぇ。すごく可愛いし。この世界の文字も、たちどころに覚えてしまっただろう?」
「あ、はい。元の世界の言葉と似てるから」
「少なくともね、いままでの異世界人で文字を読めるようになった者はひとりもいないんだよ。それどころか、最初から言葉が通じた者も稀だったと思うな」
「え!? ボ……ボク最初からラルグさまと喋れてましたけど……」
「他にも何人かは居たけどね。異世界人が世界を渡る時、能力を授かるという話だから、きみの場合もたまたま翻訳の能力だったんじゃないのかな?」
あ、そういうことだったんだっ!
確かに異世界って状況では、言葉が通じるだけでも結構なチートだもんねぇ。
何にもないと思ってたけどいちおう恩恵はあったのかぁ。
「とはいえ、いまのところはそれだけだ」
再びラルグさまを見る。
「お前との契約がある限り侯爵家が権利を主張することはできるが。いずれ何らかの付加価値を見い出さねば、他の異世界人どもと同じ運命を辿るだけだぞ?」
「………………ええ。分かってますよ」
ラルグさまの片手がボクの頭を撫ぜる。
それを眺める侯爵さまや大旦那さま、マルコットさまも目を細めた。
侯爵家の方々は善良だから、いつだったかメメミルさんが言ってたとおり、単純に子供に見えるボクを庇護しようとは考えてくれてるんだけど。
異世界人は奴隷。そう考えられてるこの世界じゃ、よっぽどの理由がなきゃ貴族でも例外を作ることはできなくって、無用な争いや疑いを抱かせないためにはボクを奴隷として扱うしかないんだって。
ほんと、どうすればいいんだろなぁ。
ラルグさまが教えてくれるとおり、攫われて強姦されても大丈夫なように備えておくくらいしか、ボクがこの世界で生きていける道がないのかな。
この頃はいろんなご奉仕の仕方を教えられてるから、もし将来的に侯爵家に見放されることになったとしても、たぶん……えっと、男娼? として偉い人たちに取り入ることはできると思うけど。
ラルグさまのおそばから引き離されるかもって考えるだけで……怖くて、辛い。
暗い未来を想像してしょんぼりしてたら。
「ああん、もうっ!!!」
急にガシャーンッ!って大きな音と、甲高い声が響いた。
「お姉さまも、お母さまもひどいわ! ぜんぜん勝てないじゃないっ!」
「ちょ~~っと、ステイシー?」
見たら、癇癪を起こしたステイシーさまが盤を引っ繰り返したとこだった。
苦笑したエリノーラさまが宥めようとしたけど、涙目のステイシーさまはひどい、ひどいって繰り返して奥さまたちに文句を言い続けてる。
いつものことだからご家族みんな苦笑い。
足元に居たボクはテーブルからコロコロ転がった石を拾い集める。
え~~~っと、あれ? 1個足りないな。どこ行ったんだろ?
屈んできょろきょろ探してたら、クライアンさまとマルコットさまが座ってる壁に寄せた3人掛けのソファの下に転がってるのが見えた。
テーブルの下を這ってって、ソファの横側から手を伸ばす。
でもソファと床との間が狭くって、なかなか届かない。
いつだったかテレビで見たなぁ。
こういう時は声だったか舌だったか出してると届きやすいんだっけ?
「う~~~~~あと…………ちょっと……」
「あれ? ユウトどうしたんだい?」
「この下に……1個だけ、転がってて」
「ああ。そんなの言ってくれれば、わたしたちが取るのに」
くすくす笑ったマルコットさまが足元を覗き込もうとした時だった。
ピトッと何かが手の平に吸い付いたみたいな気がした。
見たら、転がってた石が手の中にあった。
「あれ? 取れた」
―――…………何だろ、いまの。
マルコットさまの魔法? なんか……変な感じだったけど。
「取れたかい?」
「はい」
「うんうん。じゃあ、済まないけどユウト、もう一回ステイシーと遊んでやってくれるかな? このままじゃ、気が収まらないみたいだから」
「あ、はい!」
ペコってご家族にお辞儀してから、オセロ盤の前のソファに座って。
ちょっとだけ手抜きでステイシーさまと対戦。
ボクの手筋が読めてる侯爵さまやお兄さんたちはニコニコしてる。
その後の戦績は、ステイシーさまの2勝1敗。
1敗も、微妙な数だけど負けちゃった~~ってなるように工夫してたら。
満足そうにお部屋へ戻ってくステイシーさまを見送ったラルグさまに「策士だな」ってニヤッとされた。

