ちょっとヒンヤリする廊下を歩いて焦げ茶色の扉の前に辿りつく。
2階のお部屋の中ではここだけ両開きになってて、ちょっと重い。
右側の取っ手をつかんで引っ張るとギギッて軋んだ音を立てて扉が開いた。
少しだけ開いた扉から中に入ると、誰もいないシーンとした薄暗い部屋からは、古い紙とインクの匂いがした。
「あ~~~やっぱ好きだなぁ……ここ」
ボク昔っから、図書室とかの雰囲気が好きなんだよねぇ。
本を読むこと自体も好きだし、静かで落ち着くし、ひとりで居ても気にならないし。
部屋の広さは学校の教室2個ぶんくらい。
天井まで壁いっぱいに書棚がずら~っと並んでる。
書棚と書棚の間には曇りガラスが嵌まった2つの縦長の窓。見上げた天井には博物館や美術館で目にするみたいな青い下地に描かれた鳥や天使みたいな絵。
書棚のあいだの開けた空間には、巻物や羊皮紙なんかが展示されたガラスのショーケースや肘掛け椅子が幾つか置いてある。
ボクがこのお屋敷に来たのは夏だったけど、いまはもう秋だから火の気がない部屋の中はヒンヤリしてた。
ぶるぶるっと寒気がして、急いで上着の前をかき合わせた。
この頃はお腹まである長めのシャツとかズボンを着させられてるけど、脇とか太ももの外側に切れ込みが入ってて、いつでも悪戯し放題な服なのはおんなじ。
その代わりにくれた膝まである上着は内側が起毛になっててポカポカ暖かい。
「さってっと。続き、続き♪」
ボクが歩み寄ったのは部屋の手前左側の書棚だった。
このあたりには絵本とか童話みたいな本がたくさん並んでる。
たぶん代々の侯爵家の子供のために買われた本だと思うけど、文字を覚えたばかりのボクにとっても読み易くて楽しい本ばっかりなんだ。
一番最初に読んでたのが魔術教本だったし、意味が分からない文章はラルグさまが教えてくれたから、もうだいぶスラスラ読めるようにはなってる。
でもやっぱりねぇ。
専門書みたいな難しいのより絵本のほうが読んでて楽しいよね~。
昨日から読んでたのはこの世界の神様みたいなお話だった。
光の神と闇の神がいて、ずっと仲良しだったのに喧嘩して、そのせいで人と魔物が争うような世界になっちゃったんだよっていう……ありがちなお話?
まぁ、もちろん、ほんとの世界の成り立ちは違うんだろうけど。
ボクはまだ魔物って見たことないけど、それが本当にいる世界だもん。
全部が本当じゃないにしても、なんかどっかは真実が書かれてるんじゃないかな~って気がしちゃうんだよね!
時間も忘れて読みふけってたら、ギイって音がして扉が開いた。
「おや、ユウト」
展示机の横の椅子に座ってたボクを見たのはマルコットさまだった。
灰色のジャケットを纏った左手に小さい紙を持ってて、なにか調べものをしに来たみたい。
「なにを読んでるんだい? ……ああ。創世神話か。きみは本当に本が好きなんだねぇ」
「はい!」
くすくすとうなずいたマルコットさまは、右手側の奥へと歩いていく。
持ってた紙を見ながら、書棚のいくつかをじ~~っと目で追う。
止まった目線の先の本を抜き出して、左腕に乗せてぱらりぱらりと繰る。
その様子をなんとなく眺めてたボクは(貴族だなぁ)って思ってた。
ラルグさまもだけど、長男のクライアンさまも、エリノーラさまも、もちろん侯爵さまや奥さまたちも。何をしてても仕草が綺麗で洗練されてる気がする。
横顔も姿勢も綺麗だから、窓からの薄い光を浴びて佇む姿だけでも見惚れるくらい様になるんだよね。
ボクの中の貴族のイメージって、プライドが高くて、自分たちの権威のためなら平気で誰かを騙したり虐待したりする怖いひと……っていう感じだけど。メイドさんたちの話を聞いてると、それってお金で爵位を買ったような下級貴族の話らしい。
もちろん王族や偉い貴族の中にも、選民意識が強かったり加虐趣味があったりして怖い貴族もいっぱいいるみたいだけど。
生まれながらにハイソな教育をうけた上級貴族たちはむしろ、生活にも気持ちにも余裕があって、民を守るのが当たり前って教えられてるひとが多いからあんまり苛烈なことはしないんだって。
だからかな? 言葉でうまく説明できないけど、雰囲気からして上品っていうか。貴族……なんだよねぇ。
あんまりにも見ちゃってたせいか「ん?」とマルコットさまが振り向いた。
「なんだい? なにか気になるのかな?」
「あ。す、すみません。その……なんか、綺麗だなぁって思っちゃって」
「綺麗? わたしが?」
「はい。お顔もだけど、手の仕草とか雰囲気とか」
「あはは。嬉しがらせなことを言ってくれるなぁ」
笑いながらまた手元の本と紙を見比べて、しばらくじっと考え事をしてから本を戻したマルコットさまは、思い出したようにボクのところへやってきた。
折り畳んだ紙を内ポケットに入れた手が、指先で掬うように顎を持ち上げる。
「ちょうどいいから、ちょっとだけ、わたしと遊んでくれる?」
「え……あ、あの」
「だいじょうぶ。魔素のおすそ分けを貰うだけだよ。ラルグリートを怒らせるようなことはしないから。ね?」
「は、はい」
マルコットさまがニコッとしてすぐ、持ってた本が浮き上がって、パタンと閉じてから元あった場所へと飛んでいった。
そのあいだに顎を持ち上げてた手が背中から腰へと回って、ボクの体はふわっと宙へ浮き上がる。
「わっ」
軽々と片腕に抱えられたボクは、気付けば、肘掛け椅子に入れ替わりに座ったマルコットさまのお膝に横抱きに乗せられてた。
ちょうど、おっぱいを飲んでる時の赤ちゃんみたいな姿勢で、両足は肘掛けに乗ったまま外側へはみ出してる。
マルコットさまも背が高くて大きいから、ボクの体はすぽっと腕に収まってて。
垂れ下がった柔らかい髪がさらさらと頬をくすぐった。
「可愛いなぁ。黒目がちなせいかな? 女の子というより小動物の可愛らしさだよねぇ。ど~もこう、見てると悪戯したくなるんだよなぁ」
それ、昔っからよく言われます……。
ずっと施設育ちだったせいもあるけど、いわゆるガキ大将タイプのやつらにとってボクはまさに小動物っぽい存在だったみたいで。なんか好きな子をイジメる系?の意地悪をいっぱいされた。
ママが風俗嬢だってのを知った大人からもそういう目でみられがちだったし。
ボクの場合はいろいろシャレになってなくて、中学くらいまではそれなりに悩んでたっけなぁ。
細い指が上着のボタンを3つ外して、ぶかぶかな襟元から潜り込んだ。
その中に隠れてるちっぱいをむにむに揉んで、つんとなった乳首をつまんで嬲る。
「ん……んんっ……」
「や~らかいねぇ」
くすくすと言った唇が降りてきて、ふわっと口を覆った。
唇ではむはむと挟んで、舌先でちろちろと舐めるだけのソフトな口づけ。
「舌をだして」
優しい命令に従ったら、先のほうを唇と舌でゆるゆると愛撫された。
「ふ……んふ…………んん……」
くすぐったくて、ぞくぞく震えた。
優しく舐められてるだけなのに、体の中の熱を呼び起こされる感覚がする。
細めた目蓋の奥に見えてるのは、宝石みたいな赤い瞳。
顔立ちは違うけど、目元と瞳の色が似てるから、錯覚しそうになる。
舌をなんども愛撫されて、ゆっくりと口づけが深くなってく。
「ん……ん……ふっ……ん……っ」
ねぇ、なんでこの人たち皆、キスが巧いの?
ラルグさまに快感を教えられた体が、勝手に反応しちゃってるよぉっ。
「ふふっ。感じてるね?」
乳首を悪戯してた手が離れて、するっと太ももの切れ込みから中へ侵入した。
「……あっ……んんっ……」
布の上からさわさわと撫ぜられて、ぶるっと小さく震えた。
直接は触れてない。
でも、口づけを続ける間にも布ごとすっぽり包んだ手がやわやわと揉む。
悪戯な指はさらに奥へと滑って、狭間の窄まりのあたりをくるくると撫ぜた。
元気になっちゃったちんぽと撫ぜられてるそこがうずうずと蠢く。
「ふっ……んん……」
「こんな小さなトコにあいつのデカイのが入ってるのかな。よく平気だねぇ?」
「ん……ぁ……」
「わたしにはラルグリートと違って男色の趣味はないはずなんだけど。きみとだったら、ちょっと試してみてもいいかなって気持ちにはなってくるなぁ」
唇のそばで聞こえた柔らかい独り言。
胸のどっかの奥でズキッと痛みが走った。
マルコットさまはラルグさまを怒らせることはしないって言ったから、挿入するような行為はされないって分かってる……けど。
その先の刺激を期待しちゃってる気持ちと、ボクはラルグさまのものなのにっていう反対の気持ちとが、じわじわと膨れ上がってきて。
「ふっ……う……ふ…………うぅ……」
「うん?」
ぽろぽろと涙が溢れだす。
それを見たマルコットさまが、ぎょっという感じに手を引いた。
「ああ、ゴメンゴメン! 悪戯しすぎた!」
「うっ……えっ……う~~~……」
「もうしない、もうしないから。ね?」
ボクの体を支えてた左腕が胸のほうへ抱きこんで、よしよしとあやされる。
けど、しばらく涙は止まらなかった。
頭のうえに乗った口元から溜息が聞こえて、あわてて見上げたら、困ったように眦をさげた赤い瞳とぶつかった。
「……みませ…………ボ、ボク、怖い、わけじゃ……なくて……」
「謝らなくていいよ。わたしが揶揄ったのがいけないんだから」
「で……でも」
「きみはラルグリートが好きなんだね。だから、わたしの愛撫に欲情させられてしまうのが嫌だったんだろう?」
「……はい……」
自分でも不思議だった。
ラルグさまには何をされてても平気なのに。
マルコットさまは言葉どおり、ちょっと悪戯をしてただけってボクも分かってるのに。
こんなにも、嫌で、涙がでるなんて思わなかった……。
広げられてた上着の前合わせが動き出して、順番にボタンが閉じてく。
白い手が襟元を整えてからくしゃくしゃと前髪を撫ぜた。
「もう悪戯はしないから、あと少しだけ魔素をおくれ」
微笑みが降りてきてそっと唇を包み込む。
ただただ、舌先をそっと絡めるだけの優しいキスだった。
数分くらいして顔を離したマルコットさまは「ごちそうさま」と悪戯っぽく笑った。
「このごろ魔物の討伐依頼が絶えなくてねぇ。何しろ周囲の魔素が薄いものだから、余計な消耗を強いられて疲れぎみだったんだ。おかげで元気になったよ」
「マルコットさまも?」
「ん? ああ、うん。一番消耗してるのはラルグリートだけどね」
よいしょって抱え直したボクを片足のうえに座らせて、マルコットさまは窓のほうへ視線を向ける。
両腕で囲むように抱えた手が、無意識らしい仕草でボクの肩を撫ぜてた。
「わたしと兄上は、いずれ父上の後を引き継ぐため執務を手伝うことのほうが多いから、揉め事の仲裁やら討伐やらっていう外回りの仕事は、どうしてもあいつに頼りがちになるんだよ」
「ラルグさまは、書類仕事のほうが苦手だって言ってました」
「あっははっ! そうだね。昔っからペンよりは剣のタイプだったからね。やろうと思えばわたしなどより遥かに達者にできるんだけど。案外面倒くさがりなんだよ」
くすくす笑ったマルコットさまは「さて」ってボクを下ろして立ち上がった。
ちょいっと軽く振った手に、さっき書棚に仕舞った本が戻ってくる。
それをボクに渡してニコッと笑った。
「ここにいると探されるから。続きは部屋へ戻ってお読み」
「え。いいんですか?」
「絵本くらい持ち出したところで誰も咎めはしないよ。どうせここにある蔵書は、障りのない程度のものしか置いてないし。好きに読めばいいさ」
「やたっ! ありがとうございます!」
図書室は好きだけど寒いから、持ってけたらって思ってたんだよね!
現金なボクは、さっき泣いちゃったのも忘れて、絵本を抱えたまま灰色の袖にすりすりしちゃった。
それを見たマルコットさまに「ほんと猫みたいだね」って言われて、ひと月くらい前のことを思い出した。
「あ、そうだ、マルコットさま」
「ん?」
「クライアンさまやエリノーラさまもお疲れなら、ボク、お2人にもチューしたほうがいいですか?」
「あ~~~~~~~そう……だね。きみが嫌じゃないのなら」
消耗するのは、ご家族が日常の動作の中でも無意識に魔法を使ってしまうからだ。
魔素は普通の食べ物や飲み物、空気の中にも含まれてるから、休憩をしてれば回復できるんだそうだけど、それだとどうしても時間は掛かっちゃう。
そもそもボクの存在意義って魔力の供給のはずだし。
強姦されるのはやだけど、侯爵家の方々のお役に立てるなら、ボクはキスくらいは別にいいかなって思う。
そう答えたらマルコットさまはニッと笑って「いい子だね」って頭を撫でた。
その夜、お夕飯の時間に侯爵さまやお兄さんたちとの間でその論戦になって。
ものすっご~~~く渋々って顔のラルグさまが結局折れて頷いた。
それ以降ボクは、お兄さんたちやお姉さんや、侯爵さまや奥さま、兵士さんたち、執事さん、まさかの大奥さま(ご兄弟にとってはお祖母さま)やクライアンさまのお嫁さんにまでキスを求められるようになった。
ご家族全員が魔法師だからやっぱり辛かったみたいで。
ボクとキスしたあとは、元気溌剌になって気持ちがいいってニコニコする。
最初はだいぶ戸惑ったけど、すぐに慣れて。
1週間くらい過ぎた頃には、それぞれやり方が違うキスをボクも楽しむようになってた。

