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#07 ボクの事情

ボクの優しいご主人さま

夕飯のあと、部屋でゲームをしてたら、リビングにおいでって声がした。

なんだろって思いながら1階に降りてみたら、養父母がテーブルに居て、目の前に座ったボクの両手に片手を乗せてちょっとためらいながら言った。

「昼に連絡があった。お母さんが亡くなったそうだ」

「え」

一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
ポカンと口をあけたまま固まったボクに、養父はぎゅっと眉をよせて話す。

「どうも薬をたくさん飲み過ぎて中毒になったようでね。内縁の男性が帰宅した時にはすでに亡くなっていたそうだ。事情が事情なだけに、通夜や葬儀は行われず火葬だけで済まされるそうなんだが、遺骨の引き取り手をどうするかという話になって」

「は……い」

「内縁の彼が引き取ると言っているんだが、悠人にとっては唯一の肉親だからな。お前が望むなら明日俺が行って預かってきてもいい。どうしたい?」

「………………」

「思うとおりにしていいのよ。わたしたちのことは気にしなくていいから」

「本当は伝えるべきかどうかも迷ったんだけどな。すぐに分かってしまうことだし……悠人もじき18歳になる。どうしたいかを決められる歳だ」

「ええ。辛いでしょうけど……。でも、だいじょうぶよ悠人ちゃん。わたしたちはこれからもずっと面倒を見ますからね。もう悠人ちゃんはうちの子なんだから」

養父母は他にもいろいろ言ってくれてたけど、正直、よく覚えてない。
ただボクに分かったのは、もうボクには家族がいないってことだけだった。

ボクのママは風俗店で働く女の人だったらしい。
ホストに通うお金を作るために風俗で働いて、お客さんか誰かの子を妊娠して、ボクが生まれた。だから父親が誰かはいまだに分からない。

でも、ママは優しかった。
ちゃんと玩具やお菓子や洋服も買ってくれたし、お仕事中は保育所に預けられてた。すっごく機嫌が悪いときは蹴られたり叩かれたりした時もあったけど、そうじゃない時は可愛いがってくれた。

だけどボクが6歳の時にママは刑務所に入れられてしまった。それでボクは保護施設で育って、10歳の時にいまの養父母に引き取られたんだ。

ボクは引き取られた後も、時々ママに会いに行ってた。
だってボクには養父母が居てくれたけど、ひとりぼっちで暮らすママにはボクしか家族が居なかったから。

あと半年したら高校を卒業して働ける。そしたら里親の元を離れて、ママといっしょに暮らせるねって…………そう、約束してたのに。


(ママには、一緒に暮らす人がいたんだ)


そっか…………って思って、遺骨はその人にあげてくださいって答えた。

ママも好きな人のところに居た方が幸せだと思うし。

翌日になってもボクは、ぼ~~っとしてた。

ご飯も食べられなくて、学校に着いても授業なんて頭に入ってこなくて。
先生にどうしたのってきかれて、ママが亡くなったんですって話したら「それは元気がなくても仕方ないわねぇ」ってよしよししてくれた。

保健室のベッドで横になりながら、ママのことを思い出して、悲しくてずっと泣いてた。


そしたら、頭の中に、不思議な声がしたんだ。


何を望む?って訊かれたから、家族って答えた。

養父母はとってもいい人だったけど、ボクにとってはやっぱり他人だった。
ボクにとってはママだけが親だったから、おじさん、おばさんって呼んでたし。


低くて優しい声は「そうか」って呟いて、なぜか急に眠くなって。

気がついたら異世界だった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ユウト……おい、ユウト」

低くて優しい声で目を開けたら。
裸の肩に銀色の髪を散らしたラルグさまが、ボクの額に手を乗せたまま横から覗き込んでた。

「…………あ。はい」

「どうした。嫌な夢でも見たのか?」

温かい指がボクの頬っぺたを下から上へとなぞる。
それでようやく泣いてたのに気がついた。

「あ、えと……この世界に来るまえの……こと?」

「来るまえ?」

「ママが死んで、悲しくて泣いてたら、眠くなって……えっと…………あれ?」

思い出そうとしたら、なんでか思い出せなかった。
一昨日のことで、ついさっき夢でも見てたのに、どこで泣いてたのかも、どうして眠くなったのかも思い出せない。

す~~~っと、透明になってくみたいに。

「あれ? え……あれぇ? おもい……だせな…………」

必死で考えたけど、考えるほど、だんだん曖昧になってく。

パニックになりかけて泣きそうになってたら、ラルグさまが、指の背でボクの頬を撫ぜながら静かな声で言った。

「世界が遠ざかってるせいだろうな」

「せかい?」

「世界はつねに移動し続けている。めぐる中でたまたま近接したその接点から渡る者が引き寄せられてくるんだ。遠ざかれば世界との繋がりが断たれるから、整合性が取れない直前の記憶が曖昧になるのだろう」

「そう……いう、仕組みなんだ……」

「―――帰りたいか?」

「え?」

「いまなら、まだ、間に合うぞ?」

思わずまじまじと赤い瞳を見つめてしまった。

ラルグさまは頬っぺたを撫ぜてた手でボクの後ろを指さした。
なんだろって首を動かして見たら、指が示してたのは、クローゼットの一番下にあったボクの籐籠だった。

「お前の着てた黒い服。あれに痕跡が残ってる。完全に繋がりが断たれてしまう前なら送ってやることはできるぞ。最後のチャンスだ。どうしたい?」

も、もしかして、それで学生服を取っておいてくれたの?
ボクが帰りたいって言うかもしれないって予想して?

てっきりもう戻れないって思ってたのに、急に戻れるよって言われてもっ!

え、えっと……えっと…………!

<<どうしたい?>>

急に養父の声が頭の中に響き渡った。
そして、おんなじ言葉で訊ねたラルグさまを見て(あ、そっか)と思った。

きっと……今ごろ養父母は、急に消えちゃったボクを探してる。
ママが死んじゃったタイミングで里子のボクが行方不明になったら大騒ぎになる。
それは申し訳ないって思うけど。


ママはもういない。

どっちかを選べって言われたら、ボクは。

「ボク、ラルグさまのおそばに居たいです」

そう答えたら赤い瞳が、ふっと苦笑した。

「そうだな。お前はもう俺のものだ。嫌だと泣こうが……手放してなどやらない」

グイっと首輪の輪っかで引き寄せられてキスをして。

ゆっくりと遠ざかっていく世界に、心の中でバイバイと手を振った。