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#03 喫茶店にて

Dom/Sub専門医、始めました♪

場所を変え、夏の日差しを避けて通りすがりの喫茶店へと飛び込む。
平日の昼間なので、古 風アンティークな雰囲気の店内に人の姿はまばら。
年季の入った柿渋色のテーブルを挟んで向かい合った青年は、店主の妻らしい年配女性が並べていったレモネードのグラスにストローを突き刺しながら「改めまして」と前置きしてニコニコと笑った。

「オレ、武田澄生すみおっていいます。あの時はほんっと助かりました!」

「あはは、どういたしまして」

「気がついたら自分ちのベッドに寝てたんで夢かと思ったんすけど。親から、先輩が家まで送り届けてくれたって聞かされて驚いたっす。だってオレ、名乗りもしてなかったし」

「ああうん。でも、鞄やらなにやら散らばってたから学生証を見つけやすかったし。八柳町の付近の子だってのは分かってたから、別に難しいことでもなかったよ」

「それでもっすよ。それにあのあと先輩、校長を説得してくれてたっしょ? すぐに学校側が動いてくれたからイジメてた奴らも大人しくなったし。ほんっと、高校生だったのにあんな配慮ができる先輩はすげぇなって感動したんすよね!」

「たまたま八柳中の教師たちとは面識があったからだよ。あの中学にも何度か頼まれてプレイをしにいってたし。そうでもなきゃ、ただの学生にそんな大それたことができるわけないさ」

キラキラとした尊敬の眼差しで見つめられて、裕司は思わず頭を搔く。
実際、自分としては偶然が重なっただけで、それほど大したことをしたつもりはない。何しろいまのいままで忘れていたような出来事だ。

彼の話によれば、そのイジメの一件が落ち着いてから裕司の元へ訪れようとしていたそうなのだが、当の裕司の側が受験等の諸々で家に居つかず慌ただしくしていたために、訪ねる機会を逃してしまったらしい。

それにしても、と、ストローをカラカラと回す澄生を見つめ返して苦笑した。

「あの時から、ずいぶんと印象が変わったねぇ」

中学生だった当時は、女の子と見まがうような華奢で気弱げな少年だった。
しかしいまは、背丈こそやや小柄ではあるが骨や筋肉がしっかりとついた男の身体。童顔だが表情は勇ましく、どちらかといえばやんちゃなイメージを持たれそうな風貌だ。

すると得意げな顔になった澄生は、えへへと笑った。

「あの後オレ、イジメてた奴らを見返してやろうと思って、空手を習い始めたんです」

「ほお?」

「ホラ、空手って身体だけじゃなくて精神も鍛えるっていうじゃないっすか。絶対にもうSubだからってバカにされるもんかと思って」

「ふふ。いい心がけだねぇ」

「それも先輩のおかげっすよ」

「え、そうなの?」

「たぶんウチに送ったあと母親に言ったんだと思うっすけど。『俺のSubなら、ドロップになど陥らせない』って。オレ、夢うつつでそれ聞いて覚えてたみたいで、自分でも二度とあんな風にはなるもんかって思えたんですよねぇ」

「……あ~~~~~なんとなく、そんなことを言った気もするなぁ……」

当時何を思ってそんな発言をしたのか、さすがに覚えてはいないが。
それはDomとしての自身の信条でもある。

まだまだ世間のダイナミクスへの理解は充分だとはいえず、Dom/Sub当事者ですら、ただ単にSubを蔑んだり屈服させるだけのものだと思い込んでいるケースが多い。そんな世の中だから、ダイナミクスを悪用した強要やら強姦・致傷といった犯罪がたびたびニュースを賑わせるような現状だ。

人より並外れて強いDom性を持つ自分もいつ暴走してしまうか分からない。だからこそ、対面するすべてのSubにできるかぎりの誠意を向けるよう心がけてきたつもりではあるのだが。

「じゃあいまも、空手を続けてるのかい?」

「はい、いちおう。けど大学の在学中に転倒事故でアキレス腱を傷めちゃって、競技からは引退してるっす。もともと鍛える目的で習ってただけですし。いまは部活の顧問とか、知り合いの道場の手伝いなんかして生計を立ててるんすけど」

「なるほどね」

「先輩は医学部へ進まれたんでしたっけ?」

「うん」

「近所で有名でしたもんね~。癒し系Domって。お医者なんて、まんま天職って感じ」

澄生は「ふはは」と楽し気に笑っていたが、その時一瞬だけ見せた、まるで眩暈を堪えるような辛そうな仕草を裕司は見逃さなかった。
つい診察モードに入った眼差しでジッと澄生の顔を見つめる。

「う? な、なんすか?」

急に真剣な顔になられて、澄生は戸惑ったような上目遣いになった。
その表情の強張り、目の下に浮かぶクマ、少し気怠そうな様子。日に焼けた健康的な肌をしているので一見分かりにくいが、どことなく顔色が悪いようにもみえる。

「ちょっとごめん」

ついと手を伸ばして左目の下まぶたを下げると、案の定、結膜の色が微妙に薄い。

「少し貧血ぎみのようだね。もしかして、具合が悪い?」

「え? あ……いや」

「クマができてるし。寝不足なのかな」

瞬間的に誤魔化そうとしたが、医者相手に嘘をついても仕方がないと思ったのだろう。
澄生はすぐに困ったように額を掻きながら「はい」と小さく頷いた。

「あ~~~~その……田舎じゃなかなか、そういう機会に恵まれなくって。パートナーも居ないんで……」

澄生はモゴモゴと言葉を濁したが、裕司にもその理由は分かっている。
彼の寝不足の原因はおそらくSub欲を解消できないがゆえの神経症状だ。

ダイナミクスが発現した者はDom/Sub同士で【プレイ】と呼ばれるコミュニケーションを行なうことが必要で、定期的にそれを果たせなければ自律神経失調を起こしてしまう。その症状の代表例が不眠症。

どんなに体や精神を鍛えても睡眠や食事を摂らなければ生きられないように、本能からくるSub欲もそれを満たせなければ心身の健康が保てない。服薬によって制御することはできるが、いつかは欲求を解消しなければ根本的な解決にはならないのだ。

しかし確かに、都心にいれば風俗店などを利用する手もあるが、田舎ではダイナミクスを秘匿する風潮が強い。パートナーが作りにくいうえ手軽な解消手段も乏しいのだろう。

「いつからだい? プレイをしなくなって」

「あ~~っと、大学卒業する前からだから、1年くらい?」

「そんなに?」

「といってもオレ、もともとそんなに、してなかったっていうか」

澄生は言い難そうに頬を掻きながら俯いた。

「高校まではたまに抑制剤を飲む程度で抑えられてましたし。大学で何度か相手作ろうとしたこともあったんすけど、なんか……オレ、駄目で」

「駄目ってなにが?」

「えっと……なんか、白けちゃうっていうか」

「白ける? プレイがかい?」

「あい。何でなんすかね。Domの放つGlareは感じるんですけど、従うとか全然そういう気持ちが湧いてこないんす。んで仕方なく、凄腕って噂のプロDomがいる店に行って、それでようやくプレイが成立したっていうか」

「う~~ん、なるほど。もしかしたら君は成長と共にSub値が高くなってて、Glareに耐性があるのかもしれないね」

「耐性?っすか」

「うん。Sub値が高いと、自分よりランクの低いDomの影響は受けにくくなるんだ」

「へ? そんな違いなんてあったんだ」

「Aランク以上はダイナミクス人口の数%と言われてるし、通常はランク差なんてほとんど問題にならないからね。症例が少ないから、まだあまり知られてないんだよ」

「へ……へぇ~」

呟きながらチラリとあがった目。
さっきから何でもない風を装いつつも、ずっと伺うような上目遣いを繰り返している。
本人は無意識なのだろうが、なまじ整った顔立ちをしているだけに、色事に誘われていると誤解されても仕方のないような仕草だった。

それに気づいた裕司の胸に、ふいに奇妙な高揚感が湧き上がった。

(こんなくすぐったい気持ちは……久しぶりだな)

通りすがりに呼び止めたのも、礼を述べるという目的以上に、期待する気持ちがあったからだろう。澄生は裕司が高ランクのDomであることを知っているのだから。
ならばこちらからその期待に応えてやるべきだろうか。

「武田くん。え~っと、名前のほうで呼んでもいいかな?」

「う、はい」

「じゃあ澄生くん、この後の予定は?」

テーブルについた片腕の拳に頬を乗せ、微笑みの口からそう問うと、澄生はウッと息を飲む仕草をしてからポッと頬に赤みを登らせた。
見間違えようもないほど嬉しそうな表情で、それでも遠慮がちにボソボソと答える。

「い、家に帰るだけ……っすけどぉ……」

「奇遇だね。わたしも勤務を終えて帰るところだった」

「じゃ、じゃあ、疲れてるんじゃ」

「うんまあ、そうなんだけど。わたしもね、自分のランクが高すぎて相性のいい相手を見つけるのに一苦労でさ。なかなか完全燃焼とはいかないんだよね」

「先輩も、っすか?」

こういう駆け引きには慣れていないのか。
ドキドキという鼓動の音が聞こえてくるような顔が、なにやら可愛らしかった。

「解消に、付き合ってくれるかい?」

思わせぶりに片目を閉じてみせた裕司に、澄生はさらに恥ずかしそうに目元を染めて、小さくコクリと頷いた。


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