その日の夕方。
東の村の村役場には各村の主だった大人たちが集まってきていた。
集まったのは、親父から召集を受けた北・西・南の村長と、それぞれの村のご意見番といった立場にある年寄りが3~4人ずつだ。もちろん黒い男を助けた当事者である俺たちも、親父がいるのと同じテーブルに身を寄せ合って同席してる。
普段は祝い事や村民会議などで使われる村役場は、100人くらい集える広さの大広間と小部屋が3つあるだけの簡素な建物だ。南北に長い大広間には屋根を支える柱が4本立ち、それを挟むようにして、巨木を縦割りにして作られたテーブルが4つと、同じ長さの木で作られた長椅子が置かれている。いつもならこのテーブルそれぞれに、村ごとでまとまって座るのが慣例なんだけど、今日は北側の2つのテーブルに全員が集まっていた。
で、どこからか迷い込んできたあの黒い男はといえば。
2つのテーブルの間にすえられた長椅子でグッタリと横たわっている。
崖で見たときより、いくぶん表情が和らいではいるが、熱は相変わらず高いようで、額に汗を浮かべた赤い顔のまま浅い呼吸を繰り返していた。
村長たちを呼びにいってた俺らは後からきいたんだが、男は運び込まれた直後に完全に意識を失い、話を聞いて駆け付けた南の婆の手当を受けるまでは昏睡の状態が続いていたらしい。そりゃ、あばらや足の骨が折れた状態で半日以上も歩き続けてたんだから、熱を出してぶっ倒れるのは当たり前なんだけど。
でも、不幸中の幸いというべきだろうか。男がぶっ倒れたままだったことが、この場合はおそらく幸運だった。
なんと言っても、桃源郷の谷に外界の人間が訪れるのは初めてのことだ。
当然、それを知った谷の民の反応は凄まじかった。
すぐに追い出せ、閉じ込めろと叫ぶやつらはまだマシで、魔物に食わせろだの、いますぐ切り殺せなどと過激なことを言う爺さんたちもいた。あげく、落っこちたのを助けただけの俺たちまで「災いを持ち込むな」とか「なぜ助けた!」などと詰めよられる始末だ。
むろん親父は諫めてくれたんだが、頭に血が上った爺さんらの憤りはなかなか収まらず。理不尽な誹りを受けた俺たちは困惑するしかなかった。
ただ、当の本人がずっとグッタリしていたことで、過激な発言を繰り返していた連中の興奮も少しは落ちついたみたいなんだ。
いまも、長椅子に横たわる男を疑わしげに睨んではいる。けど、さっき俺たちを一方的に責めたことはまずかったと思っているらしく、チラチラと親父の顔を見るだけで、それ以上の口出しをしようとはしない。
そうして、ようやく落ち着いた空気で話せそうになったところで、長椅子のすぐ脇に座って様子を伺っていた親父が、男の顔を覗き込むようにして訊ねた。
「まずは、君の名を、きかせてもらえるかね?」
上掛けの内側で身じろいだ男は、親父を見あげて小さく頷いた。
「私は、イエヌス国王の第二王子、アルファード・ロイユ・イエヌス」
親父は、はぁ……と疲れたような溜息をつく。
「イエヌス。やはりそうだったか」
「やはりって、親父、知ってたの?」
「ああ。この容姿に、この身なりだからな。心当たりはあったのだよ」
そう言われて改めて男の姿を見下ろした。
親父の言わんとすることは何となくわかる気がする。
村の学び舎で学んだかぎりでは、この西の大陸には、俺たちアエローフ族もふくめ、白い肌や薄い髪色を持つ者が多いらしい。褐色の肌に黒髪という特徴を持つのは東の大陸か、あるいは山脈よりもずっとずっと南の熱帯地域に住む者たちだと聞いている。
だけど男の格好はどうみても暑い土地に住んでる者の装いじゃないし、さっき五段棚で見たときも思ったが、身にまとう雰囲気からして明らかに特権階級の人間だ。こんなやつが王族に居たとしたら、噂好きな街の連中の話題に上ってても不思議じゃないだろう。
そんな俺の予想を肯定するかのように、ジッと男―――アルファードの無感動な相貌を眺める親父は言う。
「10年ほど前だったかな。農業地区セレアルトへ取引に出かけた際に、宿泊客らが噂しておったよ。イエヌス王の妃には子供が5人いるが、王子はひとりしか生まれなかった。それで王が、即位前に手を付けた踊り子が生んだ、庶腹の男児を王家に迎えたらしい、とな」
「へぇ……庶腹の王子さま、ねぇ」
それがどんなヤバい立場なのかは正直よく分からないが。
王家といったら、家柄やら血筋やらこだわる連中が居るのがお決まりらしいし。つい、継承絡みで起きそうな陰湿な出来事を想像して(うへぇ)と思ってしまう。
「わしはてっきり、南が差し向けてきた斥候かと思っておったがのぉ」
痩せた顎に長く垂れ下がる鬚を、薬指と小指がない左手でさすりながらモゴモゴと呟いたのは、谷でもっとも人数の多い西の村をまとめる村長のデリックだった。
「南方には、首長国ブレガルやらトルトゥグ王国やらいう、何かと内輪揉めしては周囲の国を巻き込みたがる厄介な連中がおるじゃろう。わしも先々代のトルトゥグ王とは旧知じゃて、若い時分にはなんどか酒を酌み交わしたこともあったが……。いまの王に代替わりしてからは書のやり取りもぷっつりと途絶えておったからの。そやつらならば、谷の内情を探らせようと考えたとしても不思議ではないぞ?」
「いや。トルトゥグからでは遠すぎる。かの国から大森林の外縁へ辿りつくだけでも、数か月は掛かる距離だからな。侵略したところでとくに旨味があるわけでもないこの谷に、わざわざ使いを寄こすほど、彼らも暇ではなかろう」
「まぁ、それもそうだがの」
「だがそもそも、この男は、どうして谷に来たのだ?」
ううむ……とうなる西の村長に向けて酒壺ごしに問いかけたのは、ハゲた頭頂部と真ん丸な顔が特徴的な北の村長ジェラル。鍛冶師や細工職人が多い北の村で、装飾品の多くを手がけた熟練の職人だけど、酒好きなのが災いして、いつも酔っ払って絡むのが厄介な爺さんだ。
今日はさすがにまだ飲んでないようだけど、召集された会議の場にまで酒壺を持ってくるってのは、どうなんだろう。
「どうしてとわしに訊かれてものぉ。理由は本人に訊くほかあるまい?」
「いや、そういうことではなくてだな」
「ではなんじゃ」
「リンドラが魔物の巣窟であることは近隣に知れ渡っておるし、谷に住むわしらのほかに大森林の正確な地形を知る者もおらぬのに。こやつはどうやって、あの広大な森の中で谷の位置を特定し、隠し道まで辿りつくことができたのか? と聞いておるのだ」
両隣でウィリオとモニカが「……あっ……」と声をあげる。
「 言われてみればそうよねぇ!?」
「うん。僕らだって簡単に行き来できる森じゃないのに」
ギュッと力が籠められた二人の温もりを左腕に、右肩に感じながら(確かにジェラル爺さんの言うとおりだ)と俺も思ってた。
これまで桃源郷の谷が外界からの侵入を許さずに居られたのは、ここが大森林の奥にある谷だからだ。方向感覚を狂わされる複雑に入り組んだ地形と、根や腐葉土で歩きにくくなった地面。奥に進むほど増える無数の魔物。
いざとなれば飛んで逃げられる谷の民ですら、行き来するには相応の覚悟がいる。そんな、絶対不可侵とさえ囁かれる森を、彼はどうやって踏破したんだろう?
眩暈を掃うように、軽く頭を振ったアルファードは「それなら答えは簡単だ」と目を閉じた。
「わたしにはこの《視る眼》がある」
「視る眼?」
聞き慣れない単語に首を傾げる俺たちに「まぁ、そう名付けたのはわたしだが」と付け加えたアルファードは、考え事をするように伏せたままでいた瞼をあげる。
そのとたん、そばで見ていた全員が、男の双眸に釘付けとなった。
「……わぁっ……!」
思わずといった風に感嘆の声をあげたのはモニカだ。
他はみんな、息を飲んだまま唖然としている。
最初は、瞳孔すべてが金色に染まっているのかと思った。
だがよく見るとそれは、青い光彩と黒い瞳孔の境にある黄金色の輪だった。
輪っかじたいは縫い針2本分くらいの幅だけど、瞳孔が拡大収縮するのに合わせて大きさを変えるので、一瞬異なる表情に見えたんだろう。
ジッと見ていると、胸のどこかが騒めいて、落ち着かない気持ちになる。
どこか人ならざる存在を思わせるような……そんな神秘的な目だ。
ゆっくりと見せつけるように、周囲の人たちへと向けられていた目が、俺の顔へ辿りついて停まる。俺は光の輪っかに釘付けになっていたので自然と見つめ合う恰好となった。
「……なぁあんた。その眼は、いったい何なんだ?」
パチと瞬きをして、輪を消したアルファードは「さぁ」と首を振った。
「わたしにも、本当のところは……分からない。ただ、生まれつきのものであるようだ。誰にきいても知らないというので、わたしは、視る眼、と呼び始めた」
一言ずつを区切るような、淡々とした口調で言う。
「視る眼? ってことは、なんか他とは違うものが見えてるってことなのか? えっと、何が見えるんだ?」
「君の周りを取り巻いている、それだ」
「えっ、俺っ!?」
思わず自分を指さすと、アルファードは、輪郭をなぞるような目の動きで俺の周囲を見まわした。
「ずっと、新緑の若葉のような色をした粒子が、周囲を取り巻いている。さっき崖で見たときは、もっと賑やかで、色鮮やかだった」
「は? 粒子? ……って、もしかして、あんた要素が視えてんの!?」
「これは、要素というのか?」
「あ、いや、俺が考えたものと、あんたの視えてるものが同じならだけど。あんたも王族なら魔法についてちょっとは聞いて知ってんだろ? 魔法を使うには、人が持つ魔力のほかに、事象を起こす源である《根源の光》が必要なんだよ。んで、6属性に分類されるグリーフェそれぞれのことを俺らは要素と呼んでんだけど……」
「ああ。それならば、城に仕える魔法師らにきいたことがある」
「俺らも属性魔法を使うときは、6つの要素それぞれを魔力で操ってんだけどさ。感覚的に捉らえられてるってだけで、要素が見えるなんて話、聞いたことがないぞ!?」
魔力なら、ごくごく稀に陽炎のような揺らぎとして知覚することはある。
だがそれにしたって、よっぽど高密度に寄り集まった状態でもない限り、目に見える類いのものではないはずだ。
「あたしも長いこと生きてるが、ついぞ耳にしたことはないねぇ」
アルファードを手当した直後から、ずっと黙って成り行きを見守ってた南の婆―――南の村の村長ボラが、しわがれた声で相槌を打った。振り向くと婆は、宙を見あげておどけるような仕草をしながら首を振る。谷の民の最長老で、一番の物知りである婆ですら知らないんじゃ、俺らが知ってるはずもないよな。
南の婆は、夜蝸虫の殻をつなげた腕輪がはまる右手をあげて「それで? お前さまは、その視る眼で、何を見てここまで来たんだい?」と、何げない口調で話を戻した。
「あ、そうだった! ええっと、その眼があれば最短ルートが視えるとか、そういう話?」
「少し違う。わたしに見えたのは、幾つもの痕跡だった」
「痕跡?」
「谷の者たちが通った後、なのだろう。最寄りの村から点々と、魔法の痕跡が残っていた。それらを……目で追ううちに、山脈から流れるミスリ川の縁を、遡っていることが分かったから。おそらくそこが、魔物が寄り付きにくい道筋なのだろう、と……思っ……」
「なんだとっ!?」
途中で咳き込んだアルファードが、胸を抑えて「ぐぅっ!」と呻く。
折れたあばらが痛むんだろう。背を丸めてハァハァと喘ぐアルファードの声を遮るように、さっき騒いでいた爺さんたちが再び叫びだした。
「それは、由々しき事態ではないか!」
「わしらは魔法らしい魔法など使ってはおらぬぞ? まさか飛行能力か? そんなものの痕跡まで見分けられるのでは隠しようがないではないか!」
「そうだ! また同じように道筋を辿る不埒者が現れるかもしれん」
片目を細めた西の村長が「それは無いじゃろう」とうるさそうに返す。
「視る眼とやらいう異能持ちが、そうそう居るとも思えぬし。痕跡を辿れたからといって、あの森はそう易々と踏み込める場所ではなかろ?」
「…………ああ。幾度も、魔物の襲撃にあって、結果、このざまだが」
「しかし西の村長よ! げんにこの男は辿りついておるではないか!」
「そうだぞデリック」
「一度通れた道ならば、二度目の踏破は易かろう!?」
「だから、こやつの口を封じておくべきだといったのだ! この男が国に戻れば、次は兵らを引き連れて来るかもしれぬのだぞっ!?」
さっきは「考えすぎだ」と宥めたセリフだけど。
アルファードの識別能力を知った今じゃ、さすがに笑い飛ばせないな……。
確かに、この男は谷の民じゃない。いつかは祖国に戻る。口止めしたとしても、王さまに問いつめられたら黙ってるわけにはいかないだろう。
でもだからといって、アルファードを殺して無かったことにしようって話には頷けない。仮にも王族なわけだし。万が一俺らが殺したのがバレたら、それこそ王さまが怒って報復を考えないとも限らないじゃないか。もしくはそれを口実として、だ。
「爺さんのいうことはもっともだけどさぁ」
「なんじゃカイエ!」
「さっき親父も言ってたじゃんか。イエヌスの奴らがわざわざ兵隊つれて押しかけてきたって、何か得をするとも思えないんだよ」
だってここ谷底だよ?
伝説の名剣が眠ってるわけでも、珍しい宝石が採れるわけでもない。
強いていうなら、谷で作られた工芸品なんかは重宝がられてて、結構な高値がついてるそうだけど、魔物に襲われる危険を冒してまで奪いにくるようなもんでもないだろう。
ヒューラント族が国民の大半を占めるという西側の国でなら、アエローフ族である俺たちを「商品」と考えるやつらが出てくるかもしれないが……。東側の大森林以上に、険しい西の山脈を越えてくるのは困難だ。自分の安全さえ確保できない状況で、人を攫って連れかえるなんて芸当ができるわけがない。
「報告するにしたって、辺鄙な村でした、としか言いようがないんじゃないの?」
「だったらなぜ、こやつは谷へ来たんじゃ! そもそも、なんぞ目的があったからこそリンドラの森へ向かおうとしたのじゃろうがっ」
「まぁ、そうなんだけど」
マジな話、谷にくる理由って何かあるっけ?
なんも無くて退屈だな~~と思ったから、さっき俺、空を見てたんだけど??
爺さんらに睨まれながらも、俺は本気で首を傾げてウィリオと顔を見合わせる。
ぽふと肩に頭が当たって、横を向くと、上目づかいに見あげるモニカも(お爺ちゃんたち頑固よねぇ~)という感じの微苦笑を浮かべていた。
腕の前に垂れ下がった蜂蜜色の巻き髪を、なんとなく指に絡めながら、さてどうしたものかと思案に暮れていると。
「私が、ここへ来たのは、風の聖具をさがせ……という、王命を受けたからだ」
思わぬ話題の登場に、ざわっと、居合わせた全員が身じろいだ。

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