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#30 魔物の大発生 ①

ボクの優しいご主人さま

グラナート王国は、秋が短くって冬が長いらしい。
もといた日本で例えるとたぶん北海道くらいの緯度なのかなぁ?

だから11月になるともう真冬。
雪はあまり降らないけど平均気温が氷点下まで下がるから、夜露で濡れた馬車の車輪まで凍り付いて外出するのも一苦労ってシーズンがず~~~っと続くんだって。

「ちょうどいいわ。これで面倒な訪問客も落ち着くでしょうし」

お茶の皿を取り上げながら、皮肉た~っぷりに言ったのはエリノーラさまだった。

「もちろんわたくしだって、お茶会やお喋りは嫌いじゃ~ないのよ~? でも、こう連日じゃあねぇ~?」

「うう……ごめんなさい。ノーラ姉さま」

「あら~~ユウトが謝ることじゃないわよ~。ていうか、誰も悪くはないわ。強いていうならオセロやりたさに喧伝してまわったオジサマたちのせい♡」

うふっと可愛く付け加えたエリノーラさまの目は笑ってなかった。

エリノーラさまの言うとおり。
先々週くらいから侯爵家では、毎日ひっきりなしに訪問客が続いてたんだよねっ。

訪ねてきてたのはほとんどお金持ちの家のお嬢さまたちだけど。
中には商会長とか、副町長とか、騎士団長とか名乗るオジサンたちもいた。

なんでこんな状況になったかっていうと。
このあいだ町でオセロ対戦をした時にいたオジサンたちのせい!!

あの時はオジサンたち20人くらい?居たんだけど。
自分の番が回って来なかったひとたちがよっぽど悔しかったみたいで。翌々日から、オセロ盤を持ってウチに遊びに来てくれないかって誘いがいくつも舞い込んだ。

けどボクはまだ簡単には外出できない立場だから「ゴメンなさい」したんだよね。

そしたら、諦めきれないひとたちが早く遊戯盤を手に入れようと躍起になったらしくて、話を聞いた貴族たちまでが「そんなに面白いのか!?」って飛びついた。
その結果、材料となる原木とか塗料を大量に融通して貰えることになったジャスカーさんたちが前倒しで受注生産を開始して、領内が俄かにオセロフィーバー。ボクの元にも噂をきいたお嬢さまたちがこぞって押しかけてきたってわけ。

―――面白いことに懸けるお金持ちの情熱、恐るべし。

まぁ、体裁としてはボクじゃなくエリノーラさまを訪ねてきたんだけどね。
女性たちが味方に回るこの状況はボクにとって悪くないからって、クライアンさまや侯爵さまからも「なるべく同席しなさい」って勧められてる。

「クルー兄さまは、来週には店頭にも商品が並ぶだろうって言ってましたし。そうしたらみんな手に入れられて、逆にお部屋に籠って出てこなくなりますよ」

「そう平穏にいくかしらねぇ。我先にと店へ押しかけて、大通りが大混雑になるんじゃないかしら」

「あはは、確実に混雑はしますね。でも先週、ブルム商会長の娘さんが他のお嬢さまの注文品を横取りしようとした一件があったばかりですもん。いまは醜聞が怖いし、表向きは大人しく列に並ぶんじゃないのかなぁ?」

「だといいけれど。女の執念は怖いわよぉ~?」

奥さまとも顔を見合わせてエリノーラさまはコロコロと笑う。
そんな時だった。

急に玄関の方からダカダカダカッ!と大勢のひとが駆け込んでくる物音。何事かと振り返ると、ガチャッと開いたドアから侯爵さまが踏み込んできた。
ハァハァと息を切らす侯爵さまは慌てた様子で部屋を見渡し、執事さんの姿を見つけて声を張り上げた。

「クラレット! すぐにクライアンたちを呼び戻せ! いますぐだっ!」

「はっ、ただいま!」

「お父さま? どうなさいましたの?」

ただならぬ剣幕にエリノーラさまが身を乗り出して問い掛ける。
つかつかとテーブルに歩み寄ってきた侯爵さまは「恐れていたことが起きた」と唸るように答えた。

「つい先ほど緊急通達が発布されたのだ。国境近くのリネーデの森で数万単位の魔物の群れが確認されたらしい。当家にも召集命令が出ている」

「なんですってっ!?」

「わたしは討伐軍の編成のために急ぎ陛下の元へ赴かねばならん。エリノーラ、お前たちは支度を済ませたら直接リネーデの森へ向かえ。すでにバシリル少将らが大隊を率いて急行しているそうだ」

「分かりましたわ! すぐにっ」

エリノーラさまは厳しい表情のまま、足早にリビングを駆け出してく。
パタパタと遠ざかる足音を見送った耳に、すぐ傍らから「ユウト」って侯爵さまの声が届いた。

「突然の事態ですまんが、お前も回復師としてラルグリートと共に行ってやってくれ。ただし絶対に護衛をそばから離すなよ?」

「あ、はい、侯爵さまっ!」

「ジェフリー、ユウトの支度を手伝ってやれ。わたしはもう行く」

「へ~い、了解っす!」

侯爵さまはその場で「転移」と小さく呟いた。スッとその体が掻き消える。
たぶん王都へと向かったんだと思う。

ちなみに、この世界では光魔法に属する転移魔法が使えるのは侯爵さまとラルグさまだけだ。ボクも頑張ればできるって言われたけど、座標固定とか、次元制御とか、色々ややこしい術式が必要な魔法で、ぜんっぜん使い物になる気がしない。

目があった奥さまにペコっと一礼してから、ボクも抱えるみたいにして背中を押すジェフリーさんと一緒にお部屋へ戻った。

冬用の厚手のシャツとズボンに着替えて、そのうえからお尻まで届く長さのフードのついた白いローブを羽織る。
両肩の大きな肩当てと、裾にも赤い縁取りがしてあって、ダウンジャケットみたいに膨らんだローブの裏生地も赤い。それを襟元の3つのベルトで止めて着る。
腰を一周する幅広の黒いベルトには臙脂色の小さなウェストポーチが下がってた。

これはボク専用に用意して貰ってた装備。
白と赤を基調とした色のローブは、回復師の象徴なんだって。
なんかほんとに、ゲームかアニメの中みたいだっ!
異世界にきたって分かった時から心のどこかでは期待してた。めっちゃそれっぽいから、これから向かうのは魔物討伐って分かってるのに……すごくワクワクしてる。

ウェストポーチに念のための魔力回復薬を3つと、ナイフと、縄を一束。
着替えとか、必要そうなその他はまとめて異空間収納にポイ。
自分の身支度のために部屋へ戻ってくジェフリーさんを見送って、ドキドキしながらリビングへ戻ったら、ちょうどラルグさまたちが出先から帰ってきたところだった。

「おや、可愛い恰好だねユウト。似合ってるよ」

目ざとくみつけたマルコットさまが、気を落ち着けるように揶揄い口調で微笑む。
隣をツカツカとやってきたクライアンさまも頷いた。

「お前はもう支度が済んだのか?」

「はい、クルー兄さま!」

ボクの全身にザッと目を走らせて頷いたクライアンさまたちは、ジャケットの襟元を緩めながら階段を駆け上がって、足早に廊下を奥へ向かってく。
それから30分くらいでご兄弟が玄関に勢揃いした。そばにはもちろん、アーネストさんやウォルマーさん、ハーキムさんといった従者さんたちの姿もある。

お兄さんたちが纏ってたのは紺色の騎士服だった。
フロントに襟の高いシャツ部分が見える、左右に開いた膝裏までの長いコート。その周りを幅の広いベルトが2重に巻いてる。
茶色い髪を編み混んで後ろで纏めてるエリノーラさまも、格好はほぼ同じ。袖とかズボンが女性っぽいデザインだったけど、すっごく勇ましい女性騎士だ!

ラルグさまだけが少し違ってた。
デザインは似てるけど真っ黒い騎士服で、襟に星が3つ並んだバッヂがついてる。
おんなじ魔法騎士の中でも《鮮麗》っていう二つ名を持つラルグさまだけは、独自の判断で行動することが許されてる特別な騎士なんだって。

玄関を出るなり肩を引き寄せたラルグさまが、いきなり顔を寄せてキスした。

「んんっ! ……ん…………ん……」

いつもとは違って噛みつくみたいな荒っぽいキスだった。
魔力を補充してるのはすぐ分かったんだけどねっ。こんなキスされたら別の意味で力が抜けちゃうよぉ~っ!?

ラルグさまは、くたっとなったボクを片腕で支えたまま兵士さんたちを見渡して、最後に銀縁眼鏡の奥の青い瞳と視線を交わらせた。
それぞれ虚空を睨むお兄さんたちの目はまったく笑ってなかった。

「魔力切れの心配は無さそうなんで、直接現地まで転送しますよ?」

「ああ。頼む」

「場所はリネーデの森、南東2キロ、エコルド村。ニレの大木前の広場」

淡々と言ったラルグさまの足元から、赤い大きな魔法陣が広がった。
丸と三角をいくつも組み合わせたみたいな形の魔法陣だ。それがその場にいた18人全員を囲む大きさまで広がって、赤い光を真上へと立ち昇らせた。

立ち昇った赤い光がぐる~っと渦を巻く。
ふわ~~~っと周りの景色が揺れ動いて、ボクたちの姿は光の中へ飲み込まれた。