ガラガラガラ……って体に響く振動。
窓の外を流れてくのは、外国の映画とかでしか見たことない広葉樹の森とか、川とか、畑とか、木のお家とかが建ってる西洋風な風景。
そこを金色の装飾で飾られた黒い馬車に揺られて移動しながらボクは(これほんとに現実なのかなっ!?)って思いながらそわそわしてた。
この世界に来てからもう3か月くらいになるけど。
今日が初めての、お屋敷の敷地から出てのお出掛け。
その初めてが、まさかいきなり貴族のお坊ちゃんみたいな(ていうかそのまんまなんだけど)格好して馬車に乗ることになるなんて思ってなかったよね!
だって馬車なんて元の世界じゃテレビくらいしか目にする機会ないし。
それこそ異世界に来るんでもなきゃ、一般庶民のボクが貴族の暮らしを体感するなんてことまずあり得なかったんだからさ。
「―――そろそろ見えてくるぞ」
落ち着かなくてそわそわしながら外を見てたボクに、隣に座ったクライアンさまが腕組みをして前方を見つめたままボソッと呟いた。
その言葉が聞こえてすぐ、ちょっと傾斜がついた道を越えた先に街の風景が見えて、ボクは思わず「わぁっ!」ってはしゃいだ声をあげちゃった。
「あれがマルボルの街ですかっ!?」
「そうだ。今日の目的の場所だな」
道の先に見えてたのは、白い壁と茶色い屋根でできた建物がギッシリと並んでる街だった。手前に野菜や雑貨なんかを売る緑色のテントを広げた屋台があって、街道の左右にはカラフルな看板を掲げたお店がずら~~~~っと奥まで並んでる。
門とか街を囲む塀みたいなのはないけど、左右におっきな木が立ってて、ちょうどそこが街の入口みたいな感じになってた。
パッと見ただけでもメルヘンっていうか、ほんと夢みたいに綺麗な街。
馬車が街に入ってからも物珍しくってついキョロキョロしちゃってたら、ポンポンって頭を叩いたクライアンさまが取り澄ました口調で言った。
「ほらもう着くぞ。今日からはお前も侯爵家の一員として皆に接することになるんだからな。それらしく振舞うんだぞ?」
「はい。クルー兄さま」
ちょっとだけ照れくさく思いながらそう答えたら。
クライアンさまも、ふふっと面映ゆげにボクを見下ろしながら笑った。
ちなみに、この呼び方をし始めたのって数日前なんだよね~。
ラルグさまの配偶者になるってことは、クライアンさまたちも義理の兄姉妹になる。だから、さきに形だけでも慣れようってことで愛称で呼ぶようになった。
クライアンさまは「クルー兄さま」、マルコットさまは「マルク兄さま」、エリノーラさまは「ノーラ姉さま」だ。ステイシーさまは年下なので呼び捨てになっちゃうし、ラルグさまはそもそも愛称だから「ラルグさま」のままだけど(笑)。
まだ慣れてないから照れくさいんだけどねっ。
でもボクひとりっ子だったから、いっぺんにたくさんの兄弟ができてひそかに嬉しい。
馬車が停まったのは入口に「ジャスカー工房」って書かれた工場の前だった。
入口にオーバーオールみたいな深緑の作業服を着た渋い顔のオジサンと、同じような格好をした6人の男のひとたちが緊張した面持ちで立ってた。
「若、ようこそお越しくださいました!」
馬車の扉が開いてクライアンさまと目があったオジサンが、ニコニコした笑顔で言ってぺこりと頭を下げた。
後ろに立ってた男のひとたちも揃って会釈する。
落ち着いた声で「ああ」って答えながら頷いたクライアンさまに続いて馬車を降りてみたら、工場の前にいた皆の目が興味津々って感じにボクへ向いた。
「ほお。こちらがユウト坊ちゃんですか!」
「はい。こんにちは!」
工場長のジャスカーさんに笑顔で頷く。
元日本人のボクはつい癖でお辞儀しちゃいそうになるんだけど、しちゃダメって言われてたから必死で我慢。笑顔だけ周りのひとにも振りまいた。
もちろんジャスカーさんは気を悪くした様子はなくて、顎に手をやりながら「へぇええ」って感心したみたいに呟いた。
「こんな可愛らしいなりであれだけの発明をねぇ~。詳細を伺うまでは、てっきりどこぞの研究熱心なお貴族さまが考案された遊びだろうと思っとりましたが。さすが侯爵家の嫁として迎えられるだけの逸材ってことっすかなぁ」
その言葉には、ラルグさまの婚約者だっていう男のボクへの好奇心も含まれてる。
ちょっとだけ後ろめたくて両手を握ったら、眼鏡の真ん中をクイッと押し上げたクライアンさまが「ジャスカー」って低く呟いた。
「詮索はその辺りにしておけ。さっそく案内してくれるか?」
「おっと。了解です、若」
後ろ頭をかいたジャスカーさんは、苦笑いをしてから後ろを振りかえって「こちらでさ」って呟きながら歩きだした。
木の扉を潜ると、途端にジャーッジャーッて音とか、カンカンカンッ!って音がわっと襲ってきた。外にいても聞こえてたけど、中に入ったらすっごい音!
体育館みたいにひろ~~~い工場の中には20人くらいの男のひとたちがいて、それぞれに木を削ったり、穴を開けたり、色を塗ったりって作業を続けてた。
ジャスカーさんが案内してくれたのは、オセロ盤が並んだテーブルの前だった。
黒っぽい木の枠の中に、格子柄の緑色の布が貼られた縦横40センチくらいの盤で、その横にはおんなじ木でできた、白黒のチップが並んだケースも置いてある。
質感はちょっと違うけど、もうまんま、ボクが知ってるオセロだった。
「わぁっ! すっごい、もう出来てるっ!」
思わず声をあげたら「そうでしょう?」ってジャスカーさんはニヤリとした。
「設計図どおり再現するのは中々大変でしたがね。なんとか作業工程を確立しました。こっちの連中が中心となって手筈を整えてくれてるんで、あとは材料さえ確保できれば年明けにも量産体制に入れますぜ」
「ふん。やはりお前に任せて正解だったようだな」
一緒に出迎えにきてた男のひとたちを指して説明したジャスカーさんに、クライアンさまも満足そうに頷いた。
今回のお出かけの目的は2日前に特許申請が通ったオセロの工場の見学。開発者のボクが最終チェックをするべきだってクライアンさまに言われたからだった。
エリノーラさまが魔法で作ったオセロはボクの知ってるのとはちょっと違ってた。
だからボクが、クライアンさまたちに教わりながら改めて申請用の設計図を描いたんだよね。
オセロの他にも、一番簡単に作れそうなトランプを、遊び方をまとめた説明書と一緒に特許申請してある。
それをもとにしてクライアンさまが、工場で作るための手順を考えてくれるようにジャスカーさんの工場に依頼してたみたい。
この世界には石油資源がない(というか製造方法が確立されてない)らしくてプラスチックは存在しない。
オセロ盤も白黒のチップもぜんぶ木で作ることになるから、チップは白黒にそれぞれ塗った白木の板を張り合わせてから丸くくり抜くことで解決したって話だった。
「いずれは、お貴族さま用の高級素材を使ったものも開発することになるんでしょうがね。ひとまずこれで様子見ってことで」
「うんうん! ボクはこれでいいと思います、兄さま!」
「そうか。ではこのまま進めさせるとしよう」
「はい!」
「了解です。おれらも作業の片手間に試してみたんですがね。みんなすっかりハマっちまって。これは間違いなく売れまっせ~」
ニィっと笑ったジャスカーさんに、周りの作業員さんたちもうんうん頷いた。
それからオセロ盤の試作品をひとつ貰って工場を後にする。
次に向かうのは、町長さんとかのえらいオジサンたちが集う会食の場所。
工場を出たとこで馬車のお供をしてた従者さんたちと合流して、街の東側に見えてた煉瓦造りのおっきい建物へと向かった。
ちなみにクライアンさまの横にいるのはハーキムさんっていう日に焼けた肌の30代半ばくらいのひとで、手を伸ばせばすぐの右後ろでボクを守ってくれてるのはジェフリーさんっていう若い金髪の男のひと。
「オレから離れんでくださいね~~ユウト坊ちゃん」
「うん!」
元気にうなずいたらジェフリーさんはニッとした。
ジェフリーさんは、お父さんもお母さんも侯爵家に仕えてる使用人で、本人も小っちゃいころから侯爵家のご兄弟とよく遊んでたいわゆる幼馴染み。
一緒に出掛けるのは初めてだけど、お屋敷の中では何度も見かけてた。
今後はボクの専属のお目付け役になるんだって!
ちょっと前まで奴隷だったボクに護衛がいるのって不思議な気がして仕方ないんだけど。ラルグさまにそう言ったら「お前は見た目だけでも狙われ易いから、護衛なしじゃどこへも出せない」って言われちゃった。
ご、ごもっとも。
会食の場所についたら、もうえらいオジサンたちが勢揃いしてた。
侯爵家の跡継ぎであるクライアンさまに、みんなすっごいペコペコしてる。
その後ろにいたボクのことも、半分はお世辞だろなぁ~~って感じだったけど「可愛いお坊ちゃん」とか褒めてくれて、会食は和やかに続いてた。
ここでもやっぱり「ラルグさまの婚約者」に微妙な顔したひとが多かった。
そりゃボクは男だしね。同性結婚じたいは珍しくないらしいこの世界でも、貴族の嫁ってなると話はまた別らしい。
でも、ご飯のあとに場所を移した広間で、貰ってきたオセロ盤でデモンストレーション代わりの対戦を始めたら、少しずつみんなのボクを見る目が変わった。
「ぬぉ~~~~っ! こ~~れは手厳しいっ!」
「うふふふっ!」
商工会の会長って名乗ってた、真ん丸で白髪頭のオジサン。
一気に白っぽくなった盤面を見て頭を抱えたのが面白くて、吹き出しちゃった。
ここのひとたちって、元の世界でも外国のひとがよくやるみたいなオーバーアクションするから、なんかつい笑っちゃうんだよねぇ。
隣でみてたクライアンさまも感心したみたいに「すごいな」って呟いた。
「いまのは、わたしも気づけなかった。途中で妙な場所に打つなと思ったんだが」
「相手に有利に見せて、後で引っ繰り返すのは定石ですもん♪」
「ユウト坊ちゃんの5戦5勝ですね。いや、本当にお強い!」
「い、いやこのままじゃ引き下がれませんぞ。もう1戦! もう1戦だけっ」
「ズルイですよ。わたしにもぜひ!」
それから、わたしも、オレもって対抗心を燃やしたオジサンたちと対戦を続けて、勝ったり、勝たせたりしてるうちにあっという間に時間が過ぎて。
もう時間ですよって建物の職員さんに追い出された時には、ボクはすっかり「オセロの名人」って印象が定着したみたいだった。
もちろんこれ、クライアンさまの作戦だったんだけどね!
ボクはもともとゲーム好きで、オセロも遊びまくってたから、この世界のひとに比べたら遊び慣れてるし。とにかく「凄い!」って思わせることが肝心なんだって。
ほ~~んと! 元の世界で普通に遊んでたことが異世界でこんな風に役に立つなんて、ぜんぜん思ってなかったよ!

