「ズルイわ」
突然後ろから恨みがましい呟きが聞こえて振りかえったら。
腰のすぐ後ろにあったソファのうえからジ~~~っと見つめてる瞳と目が合って、思わず「わっ!」って叫んじゃった。
「あらぁ、ステイシー」
目をぱちくりさせたのは向かいに居たエリノーラさま。
ボクの頬を両手で包んだまま首を傾けて、ソファに顎をのっけてる妹を見下ろす。
場所はエリノーラさまのお部屋。
メイドさんたちと一緒に、お部屋中に並べられたいろんな服を次から次へと着せ替えごっこさせられてる真っ最中。
いまも青いドレスを着せられて「うぅううううん。可愛いぃわあああ」とか言われながら、デレデレになったエリノーラさまにキスされてたとこだった。
ボクは首輪と手枷がついたまんまだし。
エリノーラさまがボクを女の子に見立てて着せ替えごっこしてるとしたら、絵面的にいろいろどうなのかな~~って思うんだけど。
相手はすっごい美女さんだから、ボク的には文句はないけどさ。
ただ、ときどきめっちゃ肉食系な眼差しで舌なめずりされる時があって……その、いろんな意味でドキドキしてるんだよねぇ。
口を尖らせたステイシーさまは「ズルイわ」って、拗ねた口調で繰り返した。
「お兄さまやお姉さまたちとばっかり遊んで。あたくしだってユウトで遊びたいのに」
「あ~~~~~えっと……」
返事に困って、思わずエリノーラさまを見上げた。
ボク言われてるんだよねぇ。ステイシーさまとだけは「ダメ」だって。
5人兄姉弟妹の末っ子であるステイシーさまは先月14歳になったばかり。
この国では16歳で成人だそうだから、つまり未成年なわけで。
さすがに未成年の子とまでキスするわけにいかないし。
お嫁入り前の侯爵令嬢が奴隷と仲良くしてるなんてもちろん許されることじゃないから、なるべく近づくのも避けてたんだ。
あ、ちなみにエリノーラさまはもうご結婚されてるよ。
ただ3年前に、旦那さんがヘタレだからって理由で離婚したんだって(笑)。
この1か月半くらい見てて分かったけど、見た目は可愛いふんわり系なのに考え方は男勝りっていうか、きっぱりサッパリしたひとなんだよね。
そのエリノーラさまは、ボクの頭を肩口へ引き寄せて思わせぶりに笑った。
「んふん。お子ちゃまのあなたには、まだ当分先の話だわねぇ」
「なによ! ユウトだって子供じゃなぃ!!」
「あぁら、ユウトちゃんは18歳よぉ? こう見えても立派なオ・ト・ナ! たしか誕生日は4日前だったのよねぇ?」
「あ、はい」
「えええっ! うっそぉ~~っ!?」
ステイシーさまは本気のビックリ眼でまじまじとボクを見上げた。
散らかったドレスを畳んでたメイドさんたちまで「えっ!?」って振りかえる。
14歳のステイシーさまは、ボクの感覚からするともうちょっと上、高校生くらいかな?って見える外見だった。
よく水色とか薄紫とかの寒色系の色のドレスを着てて、銀色の真っすぐな髪を両側で結んでリボンをつけてる。
顔立ちは侯爵さま似でキリッとしてて、例えるなら、魔法少女アニメの主人公の隣にいる知性派担当……みたいな感じ?
だからぶっちゃけ、ボクよりもステイシーさまのほうが年上に見えるんだよねぇ。
「て、てっきり、あたくしと同じか、一個上くらいって」
「すいません。ボク、昔っから童顔なんです」
「ってことで。聞き分けなさいねぇ? ステイシー」
「えぇ~~~っ! でもぉ~~~」
「でもじゃないわよぉ。あなたもいちおう侯爵令嬢なんだから。成人してもいないうちから、性奴隷ちゃんと遊んでていいわけないでしょぉ~?」
「うう……」
ニッコリ笑顔で諭されて、渋々って顔でステイシーさまは頷いた。
でも、しょんぼりしてる顔がちょっと可哀相だった。
他のご兄弟は4人とも年が離れてて大人だから、ステイシーさまだけ年の近い遊び相手が居なくって、いつも寂しそうではあるんだよね。
とはいっても、ボクはラルグさまのお許しなく外には出られないし。
貴族のお嬢さまが好きそうな遊びとかって知らないしなぁ。
え~~っと。
「……遊ぶってことなら、ボードゲームとかはどうですか?」
「ぼぉどげぇむ?」
俯いてたステイシーさまが、ぐいんと顔をあげた。
「ぼぉどげぇむって何?」
「あ~~~っと、この世界にあるか分からないですけど、チェスとかトランプとか? テーブルの上で、カードとか駒を使ってする遊びですね」
「ちぇす? とらんぷ??」
「えっと、チェスは、キング・クイーン・ナイトとかって、王さまや騎士に見立てた16個ずつの駒を使って遊ぶ対戦ゲームみたいなので、トランプは1~13までの数字が書いてあるカードを使ってする遊びなんですけど……」
「貴方のいうそれは無いけど、意味からするとポルカみたいなものかしらねぇ?」
「ポルカ?」
エリノーラさまの説明によると、ポルカってのは、囲碁とチェスを足したような卓上ゲームらしい。8×8のマス目のうえに白と黒の石を交互に置いて、陣地を競う遊びってことだった。
他にも双六やUNOに似たカードゲームもいくつかあるみたい。
ただどれも、この世界じゃ貴族のオッサンたちがする「賭け事」で、ルールはちょっと複雑。ボクもステイシーさまも簡単な説明だけじゃ想像がしにくかった。
けど、マス目の数と白黒の石って話からピンとひらめいた。
「あ、それなら、オセロがいいかも」
「オセロ??」
「え~~っとですね、マス目が8×8なのは同じなんですけど、表と裏を白黒に塗り分けた平ぺったい石を使って遊ぶんです」
2人で交互に置いていくのは同じだけど、ルールはとってもシンプル。
相手の石を自分の石で挟むように置いて、挟まれた石を引っ繰り返して自分の色へ変えて、最終的にどっちの色が多かったかを競うゲーム。
これならチェスや将棋みたいな細かいルールを覚えなくても、理解しやすいから子供から大人までみんな遊べる。
ボクの説明をきいたエリノーラさまが「へぇ。面白そうねぇ」って呟いて、紙とペンを取り出した。
これに絵を描いてって言われて、できるだけ忠実に描写して渡す。
「あらぁ。思ったより絵が巧いのねぇ」
ボクの描いた絵をじ~~~~~っと眺めたエリノーラさまは、テーブルに置いたそれを2本指でぐるっと大きく囲んで、トントンッと叩いた。
すると、ポン!というような軽い音がして、絵が立体になって飛び出してきた。
「わっ! すごっ!」
真っ白に戻った紙の上に乗ってたのは、ほぼボクが想像していた通りのオセロ盤だった。元の世界で見てたよりサイズはひと回りくらい大きいし、盤の表面の色は白だし、石の厚みも違ってるけど、外観はほとんど同じ。
「んっふん。これぞ魔法一家の成せる業ってやつよ。イメージしたものを立体化させる無属性魔法は、マルベスカのお家芸だものぉ~」
「ホントに、すごいやっ!」
ラルグさまに言わせると無属性魔法にもいろいろ法則はあって、自分の魔力量で構成できる範囲内だけってことらしいけど。
ご家族みんな、ほんとマジックみたいにポンポン物を作り出すんだよねぇ。
出来たてほやほやのオセロ盤を目にしたステイシーさまが、目をキラキラさせた。
「ねねっ、これどうやって遊ぶのっ!?」
「えっと、まず白黒それぞれ2個ずつを斜めに置いて……。ステイシーさまが黒の側としたら、これかこれ、どっちかの白を挟むように置いて、間の白を引っ繰り返すんです」
「……っと。こういうこと?」
「はい。置けるのは、必ず相手の色を挟む時だけです。斜めにも置けますけど、ひとつ飛ばしとかでは置けません」
エリノーラさまやメイドさんたちも興味津々で取り囲む中。
ルールを説明しながら、とりあえずステイシーさまと対戦を続けた。
最初は不思議そうにしてたステイシーさまも、遊び方が分かったらあっという間だった。
「面白い! これ、面白いわっ!」
チェスや将棋みたいな素人目では勝敗が分かりにくいのと違って、オセロは色の違いで戦況がひと目で分かるから、見てるだけでも単純に面白いみたい。
1戦が10分くらいで終わるゲームだから、そばで見てたエリノーラさまもメイドさんたちも、ウズウズした様子で「わたくしも!」って言いだして。
その日は結局、名残惜しそうなメイドさんたちがお仕事に戻っていくまで、入れ替わり立ち替わりで延々とオセロ対戦が続いた。

