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#15 託宣の夢。(ラルグ視点)

ボクの優しいご主人さま

気付けば光の溢れる空間にいた。

光、もしくは闇の祝福を受けた者は稀に【神】と認識される存在から託宣を受けることがある。

それが何であるのか未だ解明されてはいない。
が、ラルグリートは、過去にも幾度か呼ばれたことがあった。


(……またか)


呼ばれるのは大抵、厄介ごとを背負わされる時だ。
過去に起きたアレコレを思い出しながら、うんざりした思いのまま待ち続けていると、いずこからか女性のものと思われる涼やかな声が響いた。


《あなたに託したいの》


託す? 何をだ?

そう思った数秒後。
目の前にボンヤリとした風景が浮かび上がった。

見たことのない風景だった。

真っ白な壁に囲まれた狭い空間にカーテンが引かれ、そこに伸べられた簡素な寝台らしきものの上に黒い服を着た少年が横たわっている。

聖職者の着る法衣に似た装いだったが、横たわる少年は十代半ばほどと幼く、とてもそんな、名前だけが神聖な俗物どものような存在には見えない。
おそらくは将校らが連れ歩く従卒か何かといったところだろう。

そう見当をつけたラルグリートの耳に、シクシクと泣く声が聞こえた。

薄手の毛布をシーツで包んだような形状の上掛けの内で、少年が泣いていた。
上掛けを両手で抱え、背を丸めてうずくまる少年の口から零れたのは「ママ」という呟きだった。

ラルグリートは無意識に少年の額に手を差しのべていた。

夢の中でそれが可能であるかはわからなかった。
だが幸い、薄紗の空間を隔てて、少年の意識の断片を読み取ることができた。
泣き続ける少年が思い浮かべていたのは、幼い頃の母親との思い出だ。

不義の子であるらしい少年の幼少期は平穏なものではなかった。

酔って帰宅した母親に幾度も殴られ、蹴られ、それでも捨てられぬよう傷つけられぬようにと聞き分けのいい子供で在り続けていた幼い心。

少女のような見た目のせいで不心得な大人たちの欲望の対象にもされていた。
あげく母親が娼婦であるという理由だけで、4~5歳の幼児であったにも関わらず、少年自身が男たちに媚びた結果であるかのようになじられたことすらあったようだ。

養父母のもとで養われるようになってからは、そうした出来事こそ減ったものの、母親に対する依存が無くなることはなかった。
本人すらも無自覚のまま、明るく素直な優等生を演じ、自身が良い子で在りさえすればいつか母親の元へと帰ることができる。本気でそう信じていたらしい。

その母親を亡くした。

死に目にもあえず。養父母らの手前、遺骨との対面を望むことすらできず。
誰にも本音を告げることができないまま孤独に震えていた。

そこまでを読み取ったラルグリートは眉間に深い皺を寄せていた。

2年前の大戦の最中に失った恋人が抱えていた孤独と似ていたからだ。

男娼として虐げられていたところを救い出したその恋人は、貴族の息子であるラルグリートの前では愛想のいい好青年として振舞い、死ぬまでその孤独を口にすることは無かった。
たった一度だけ「会いたい」と寄こした手紙を、忙しさにかまけて後回しにした。
そのあいだに恋人は命を絶ってしまったのだ。

似た孤独を抱えたこの少年を守ってやりたいと思う。


だがしかし。


「異世界人は奴隷として搾取される存在。とてもこの子が耐えられる境遇だとは思えないのだが」

《ええ、きっと、とても辛い思いをすることになるでしょうね。それはどう足掻いても避けられない運命なのよ。けれど、この子はもう選ばれてしまった。どっちにしても転移させるしかないのよね》

「選ばれた? 何に、誰にだ?」

《そうねぇ。あなたの概念で言うなら、神、あるいは世界に、かしら?》

「……神、だと?」

《でも安心して。この子には可能性が眠ってる。それが覚醒するか埋もれさせるかは、この子次第だけど》

不思議な声はそこで、ふ~~~~~と溜息をついた。
ボリボリと頭を掻くような物音のあと再び声が響く。

《ほんとはね~~~~もっと早くに修正したかったんだけど~。あのトンチキ野郎のうっかりミスのせいで話が色々ややこしいことに……》

突然砕けたその物言いをきいてラルグリートは再び眉間を寄せた。

「なんだと?」

《ああ、いえ。こっちの話よ!》

誤魔化すように早口で言った声は、再び威厳を取り戻して続ける。

《ともかく。お願いよ、この子を守ってあげてちょうだい。とっても良い子よ。転移の代償として、願いをひとつだけ叶えてあげることもできるわ》

「託す、とは、俺に何をさせようと言うんだ?」

《何も。ただ保護して、あなた自身のやり方・・・・・・・・・で守ってくれればいいわ。そうすればこの子は、不運に潰されることなく運命を切り拓くことができるはず》

「……ふん」

《この子は、あなたにとっても最高の悦を齎す存在だわ。決して損ではないはずよ?》

再び少年の寝姿を見下ろした。
泣き疲れた少年は、いつのまにかウトウトと眠りに落ちようとしている。

肩ほどの長さに整えられた黒髪。少女とも見紛うような優しげな顔立ち。
黒目がちな栗色の瞳から止め処なく涙を溢れさせているその表情は、ともすれば嗜虐心しぎゃくしんを煽りかねない危うい容貌だった。

この愛らしい少年が俗物どもの玩具がんぐとして弄ばれ、息絶える姿を想像するだけでも怖気おぞけが走る。

そんな不運に陥らせるくらいなら。

「―――いいだろう。託宣に乗ってやる。こいつは俺のものにしていいんだな?」

《ええ。もちろん》

再び少年の額に手を伸ばす。
転移の位置はランダムだ。自身の元へ引き寄せるには目印が要る。

気付くだろうか?
そう思いつつ少年の目の前へと降り立ち、額に手を乗せたまま話し掛けた。

「おい。俺の声が聞こえるか?」

『………………誰? 先生?』

涙に埋もれていた瞳がキョロキョロとあたりを見回した。
さすがに姿までは見えていないらしい。

「せんせいとやらではないが、お前の保護を任された者だ。お前はこれから世界を渡ることになる」

『世界? を、渡る?』

少年がとっさに思い浮かべた中に、異世界転移、という言葉があった。
魔法が存在しないらしいこの世界でなぜ少年がその概念を知っているのかは分からなかったが、説明の手間が省けて好都合というものだ。

「ああ。いまお前が思い浮かべたそれだ。その代償として望みをひとつ叶えるそうだ。お前は、何を望む?」

ボンヤリと虚空を見つめたまま、ポロポロと涙を零し続けていた少年はやがて、消え入りそうに小さな声で『家族』と呟いた。

『ママ、居なくなっちゃった。ボクを抱きしめてくれるひと、居なくなっちゃった』

「家族……そうか」

思わず眉根を寄せた。
脳裏を過ぎっていたのは失った恋人の面差しだった。

果たして自分はこの子の家族たり得るだろうか?

一族に生まれた自分と孤児である彼ら。貴族とそうではない者。
それでなくとも主観のズレが生じるというのに相手は異世界人だ。苦しみを察することができず、また再び命を失わせてしまうかもしれない。

それでも。

「分かった。そうなれるよう俺も努力しよう。迎えにいく。いい子で待ってろ」

『…………はい』

夢うつつの表情のまま頷いた少年の額に印を刻む。
この印がある限り、どこへ転移しようと見つけられるはず。

《だぁ~いじょ~ぶよぉ。こっちの都合であなたに託すんだからぁ、特別サービスで転移場所を教えてあ・げ・る♪》

ふざけた口調の声が告げてすぐ、脳裏に見覚えのある風景が浮かぶ。
5年ほど前に魔物の大発生を受けて壊滅状態となり、放棄されてしまった廃村だった。

眠ってしまった少年の姿がふいに輪郭を朧げにし、世界から消え失せる。
だがラルグリートの視界には、光の玉となった魂が触れ合った2つの世界の境界へと近づくさまが捉えられていた。

壁を越えた瞬間、少年の魂が七色の輝きを帯びた。
さらにどこからか飛来した2つの光が寄り添うように吸い込まれていく光景を目の当たりにしたのを最後に、託宣の夢は途切れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ふっと目をあけると薄闇だった。
腕の中にはスヤスヤと寝息を立てるあの夢の少年、ユウトがいる。

見い出した時、ユウトは転移の直前に交わした会話を覚えてはいなかった。
しかしどこかには記憶の欠片が残っていたのだろうか。初対面の自分を信頼し、そのうえ恋の相手として慕ってくれるようになった。


初めこそ、託された義務感から保護したに過ぎなかったのだが……。


体を重ねる内に、どんどんと惹かれていった。
まるで己の剣のためにあつらえられた鞘だとでも主張するかのように、このうえなく相性のいい体で、確かにあの【声】が告げた通り最高の悦をもたらす存在だ。

そしてそれ以上に、真っすぐに見上げる いとけな い眼差しが、堪らなく愛おしい。


(できるならお前に……辛い目になど遭って欲しくはないが……)


2年前すでに思い知っている。
自分さえそばに居れば完璧に守ってやれる。
そう思い込めるほど、能天気にも、自信家にもなれない。

稀少な7色としてこの世界に渡った異世界人である以上、この子には、いずこかの俗物どもに凌辱される運命が待ち受けている。それは何をどう対策したところで避けられない宿命なのだろう。

だからこそ、少しでも生存率をあげるために、あえて性奴隷として扱ってきた。

(―――どうすれば、ユウトを守ってやれる?)

ずっと考え続けてきたのはそれだった。
あの【声】の言葉が本当なら、ユウトは自ら運命を切り拓いていくはずだが。

(魔法に興味を示していたが…………まさか……な……)

異世界人は魔力が有り余っているにも関わらず、身の内にそれを運用するための魔法回路ロジックが存在せず魔法が使えない。それは過去に様々な検証が行われたうえですでに確立されている事実だ。
ゆえに、異世界人は奴隷として搾取され続けていたのだから。

だがもしそこに、この子が選ばれた理由が隠されているのだとしたら……。

「…………ぅ……グさま…………」

むにゃむにゃとした小さな呟きに目を向けると、ユウトが無意識の仕草でラルグリートの脇に額を擦り付けているところだった。

微笑んでいるところをみると、どうやら楽しい夢を見ているらしい。

起こさぬようにそっと髪を撫ぜながら愛おしさを噛みしめる。

(何が待ち受けようとも。お前は俺が守る…………必ず)

改めてそう胸中で呟きながらラルグリートは、腕の中の温かい体が引き寄せた眠りへと意識を委ねていった。