双剣士ギルドのギルドマスターは、初めて出会った際に名が似ていることから親しみを持ち、それ以来尊敬と敬愛を込めて接してきた人物だ。歳こそ彼の方がいくつか下だが、少年時代に難民として流れ着いた自分と双子の兄の命を救い闘い方を教えてくれた初代マスター・シーフの志を受け継ぐ、いわば兄弟弟子のような間柄でもある。
彼はやってきたジャックスと隣のオリヴェルを見比べて怪訝そうな表情を浮かべた。
「あん?そっちのお兄さんはどちらさん?」
「話せば長くなるのですが、今日から我が家に居候することになった冒険者の友人です。連絡をいただいた時にその場にいたので、共に手伝ってくださると仰って」
「へぇ~~、そりゃありがたい。人手は多いに越したことはねぇからな」
地図をひろげたテーブルの向こう側に腰掛けていたギルドマスターは、おもむろに立ち上がり、集まったメンバーを見渡しながら改まった口調で話し始めた。
「あ~~~まず、結論からいうとだ。人身売買に関わる事件を解決するってのが今回の依頼だ」
「人身売買?」
その場に居合わせた面々から異口同音に驚きの声があがる。
「しかも情報提供者の話からすると、売られた連中が運び込まれてから幾らか日数が経過しているらしい。事は一刻を争うってんで、隠密行動になれたウチにお鉢が回ってきたって訳だな」
「しかし……人身売買といえば、裏に政治的な問題も孕んでいて、単に不運な人質を救出すればそれで終わりといった物事ではないでしょう? 普通はしかるべき機関と連携をとりながら携わるべき問題だと思いますが……隠密に行動しなければならない理由とは何ですか?」
そもそもリムサ・ロミンサは海賊による略奪によって富を得てきた過去を持つ海都だ。
いまでこそ提督メルウィブによって海賊行為が禁じられ国家としての秩序も保たれつつあるが、実のところ人身売買と称される取引自体は珍しいことではない。その多くは貧しい農村や難民らの親から口減らしの名目で引き渡された子供らで、大店の働き手や職人らの弟子、子宝に恵まれない名家の養子などとして引き取られていく。むろん人道に反する行為ではあるのだが、混乱の続く政治が生み出した貧困ゆえの必要悪として、ある程度は黙認されてきた経緯があった。
有り体に言えば、秘密裏に行動するには問題の多いこの事案に、なぜ双剣士ギルドが関与することになったのか? ジャックスの発した疑問に頷いたギルドマスターは、あ~~~~と後ろ頭を擦りながら険しい表情で答えた。
「今回は、買い手が悪すぎるんだ」
「……買い手?」
「もともと猟奇的な人物として知られる某貴族家の御曹司だ。奴は最近、宗教か何かにのめり込んで闇の儀式を繰り返してるという噂でな。とっとと動かねぇと生贄にでもされちまう可能性がある」
「…………!」
「それによ、もはや形骸化してるとはいえ相手がお貴族様とあっちゃ表立って動くことは難しいんだ。この事案に関しては人命が優先されるから、そうも言ってられねぇけどな」
「……なるほど」
またしても貴族か・・・とジャックスは深い胸の内で考えていた。
遠いアラミゴから貧しい難民の子としてやって来た自分には、上流とされる人々の暮らしは縁遠く、冒険者として関わる中でも貴族にはまずお目に掛かることがない。にも関わらず、このところ、普段はほとんど意識しない己の出自にまつわる辛い過去を思い起こさせるような事案が続いている。
「にしても、よくまぁそんな情報が入って来たもんだよな」
黙り込むジャックスの横で、オリヴェルがポツリと呟いた。
「ふつー貴族って言やぁ、悪事がバラされるのを避ける為に家の奴らに口止めして、それこそ秘密裏にやらかす連中が多いだろ?そもそもこの話はどっから入ってきたんだ?」
「切っ掛けはイエロージャケットのとある御仁が保護した、ひとりの子供の話だったらしい」
「子供?」
「自分は姉と共に連れてこられたが、港に停泊した際に姉の助けで何とか逃げ出した。だが姉はそのまま貴族の館に連れていかれてひどい扱いをされているらしい。だから姉を助けて欲しい……とな」
「へぇ……」
「子供を保護した御仁も最初は半信半疑だったそうだが、念のため人をやって周辺を聴き込んでみたら、その御曹司が以前から怪しげな宗教にのめり込んでいて、屋敷に近づくと妙な気配を感じるようになったと噂している連中を見つけたんだそうだ」
「俄かには信じがたい話ですが……全てが嘘とも思えませんね」
考え込んでいたジャックスが口元を擦りつつそう呟いた時、いつのまにか扉のそばにいた人物が悲鳴のような声音で叫んだ。
「嘘じゃないよ!ホントに姉さんが連れて行かれたんだ!」
「……っ!?」
声に驚いて振り返る。
するとイエロージャケットをきたルガディン男性と共に立っていたのは、見覚えのある小柄な少年だった。
「あ、お前っ」
「貴方は先日の!」
それはオリヴェルと初めて出会ったあの日、彼の短刀を狙っていた黒髪の子供だった。
保護主が現れたことで少し境遇が改善されたのか、質素ながらもこざっぱりとした衣服に改められ、顔付きも生気を取り戻しているように見える。だがこの容貌は間違いない。
「なんだ、知り合いだったのか?」
「ああいえ。じつは先日、この子がオリヴェルの持ち物を掠めようとしている場面に遭遇したのです。寸前で私がとめに入って、その時には逃げられてしまったのですが……」
そこまで答えてジャックスはふいに臍を噛むような思いに襲われた。
あの時、面倒がらずに彼を追いかけ事情を聞き出していれば、もう少し早くこの事案に対処できていたのだろうか……と。
だが過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がない。
「分かりました。捕らわれた人々を助けに参りましょう」
「ホント!?」
「ええ。ジャック、先ほどの話からすると、その御曹司の館の場所は分かっているのですか?」
「ああ、東ラノシアのこのあたりにある別荘地らしい」
ギルドマスターがテーブルに広げられた地図をさして言う。
すると黒髪の少年がジャックスの腰に縋り付くようにして必死に訴えた。
「オレ!オレ場所わかるよ!オレも連れてって!」
「いえ、危険ですから。貴方は保護してくださった方の元で待って……」
「いやだ!待てないよ!お願い、オレも連れてって!」
必死に訴えてくる少年を見下ろしてジャックスは途方にくれた。
彼の気持ちは痛いほどよくわかるが、明らかに危険な道行であるし、移動手段も戦う術もない少年は捜索の邪魔にしかならない。とはいえ……。
「ほっとけばひとりで飛び出して行きかねねぇだろ、このガキ」
まさにジャックスの胸中を代弁するようにオリヴェルが言った。
「まぁ、いいんじゃね?これだけの手練れが揃ってるんだし、ガキのひとりくらいなら守れないこたねぇだろ。ただし命の保証はしねぇけどな?」
最後のくだりを少年に向けて呟き、オリヴェルは肩を竦める。
ジャックスは、やれやれと言いたげなギルドマスターと目を見交わし、周囲のギルドメンバーたちの表情を見て、大きく溜息をついた。
「んじゃ、そういうわけで、頼んだぜ」
ギルドマスターの締めの一言に一同が頷いた。
偵察の為にひと足先に急行するメンバーが転移魔法で消えていく。
それを見届けたジャックスとオリヴェルは、他の同行メンバーと共に少年を連れて門へと向かった。

