ところが、出会いから数えて6度目となる邂逅は、心を残すまいと思い決めたそのたった2日後のことだった。
「オリヴェル! 起きてください!オリヴェル!!」
この日のオリヴェルは、グリダニアの市街地から少し離れた場所にある小さな橋の欄干に引っ掛かっていた。
ジャックスが発見した時、背の高い彼の顔が水面ギリギリまで迫った状態で垂れ下がっていて、子供の腰丈ほどの水量の川とはいえ溺れた可能性もある。
横ざまに抱えられ不承不承といった体で目を開けたオリヴェルの顔を覗き込んで、ジャックスは眉をひそめた。
「顔色がよくありませんね。睡眠不足で体調を崩しているのでしょうか」
「うう……くっそ眠ぃ……」
「先日も伺いましたが、貴方はどうしてそういつも眠そうにしているのです?」
「…………宿……の……寝床が合わなくて……」
「寝床??」
「気い、失うくらいまで起きてねぇと……ねむれな……」
「なるほど。そういうことですか」
つまり夜に寝付けないせいで昼に眠気に襲われるようになり、それを繰り返すうちに睡眠障害になってしまったのだろう。
納得したジャックスはなおも迷っていたが、やがて覚悟を決めてオリヴェルに向き直った。
「オリヴェル、私の家へいらっしゃいますか?」
「…………あんたの、家?」
「ここからそう遠くない場所に私の家があるのです。上質とは言えませんが、少なくとも宿の寝台よりはマシな寝床を提供できると思いますよ」
「…………」
オリヴェルは少し迷う素振りを見せたが、眠気には勝てなかったのか、やがて小さく頷いた。
ジャックスは高く指笛を鳴らす。
そして駆け付けてきたチョコボにオリヴェルを同乗させると、足早に自宅を目指した。
ジャックスの自宅は冒険者居住区であるラベンダーベッドの閑静な一角にあった。
庭に咲き誇るのは青い葉を茂らせた色とりどりの花々だ。夏も盛りのいまは濃い色あいの花が多いが、苔むした木造りの家とも調和してどこか温かみのある雰囲気を醸し出している。
自宅までの道中もずっとウトウトと頭を揺らしていたオリヴェルは、半ば担がれるようにしてチョコボを降り、ヨロヨロと家の扉を潜ったところでボソッと呟いた。
「…………乙女か」
ぐさっと胸を突かれるリアクションをしたジャックスは、苦笑いとともに頭をかく。
オリヴェルが呆れるのも無理はない。
壁や家財道具など大半がピンクで統一された室内に、散りばめられた縫いぐるみ。壁に吊るされたドライフラワー。フォトスタンドやキャンドルといった小物類。まさしく年頃の女性が好む部屋としか言いようのないものだったからだ。
「私の趣味ではありませんよ。先日出ていった妻の好みに合わせてあるんです」
「あんた奥さんがいたのか」
「ええ。お節介すぎる私の言動に愛想を尽かして、離婚されてしまいましたがね」
「……なんか……分かる気はする」
「ははは」
言外にお節介を肯定されて苦笑いしつつ、ジャックスは右手奥の扉を指し示す。
「妻が使っていた部屋ですが、客間にしようと考えてちょうど設えを変えたところでした。そのままお寝みになれますよ」
そう言って案内した部屋は、木目調の家具とダークブルーの壁紙で彩られたシンプルな内装になっている。
乙女チックな家の中で、別れた妻の部屋だけをさっさと改装した理由。それを問いただすことはせぬままオリヴェルはヨロヨロと寝台に歩み寄り、そのままパタリと倒れ臥す。
「あ、ダメですよ、そのまま寝ては身体を傷めてしまう。せめて装備を外してから!」
ジャックスは慌てて駆け寄り、オリヴェルの身体から装備一式を剥ぎ取った。
身軽になって安堵の表情になったオリヴェルは、そのまま夢の世界へと旅立っていく。
すうすうと深い寝息を立てる身体に上掛けをかけてやり、陽射しを遮るための木戸を閉めながら、ジャックスは我知らず微笑んでいた。
それからオリヴェルはまる一昼夜眠り続けていた。
よほど疲れていたのだろう。
彼が眠っている間、せめて乙女度合いだけでも下げようと居間の改装をしていたのだが、その物音に気付いた様子もなく昏々と眠っている。
彼が目を覚ましたのは翌日の夕刻。アーゼマの輝きが丘陵の彼方へと消え失せる間際の頃だった。
美麗な面を台無しにするような大欠伸と共に客間を出てきたオリヴェルは、昨日までとは打って変わった明瞭な声色で呟いた。
「あ~~~~~~~~すっげぇ……寝た」
いかにも寝起きらしく、目元は腫れぼったく赤みがさし白金の髪もボサボサに乱れていたが、顔色はずいぶんと良くなっている。
夕飯の支度をしていたジャックスは、台所から顔を覗かせて笑顔を浮かべた。
「それは良かった」
「まっじ久しぶりだぜ、こんなグッスリ眠れたのは。どこの街の宿に泊まっても身体の節々が痛くなるだけで、全然休んでる気しなかったんだよなぁ」
「貴方が利用していたのが簡易宿だった所為でしょう。もう少し値の張る宿でしたらそれなりの寝具を使っていたはずですが、常宿としては向きませんしね」
「そ~~~なんだよなぁ。眠かったせいでこの頃ろくな仕事もしてねぇし、そもそも手持ちが心許なかったからさ~」
ご実家には戻らなかったのですか?といい掛けた言葉は飲み込んだ。
おそらく彼は、その実家と揉め事を抱えているからこそ、エオルゼアに留まっていたのだろう。
どんなに着崩していても色を失わない気品と滲み出る育ちの良さ。それとは相反した、まるで無頼を装っているかのようなあっけらかんとした言動。出会った時から感じていたそのチグハグさが彼の現状を表わしているような気がする。
ジャックスは下拵えを続けていた手元に目を戻しながら、仕草だけで通路の奥を示して言った。
「左手奥の部屋に浴室があります。まずは身支度をしてらしてください。すぐ夕飯もできますから、どうぞ召し上がっていってくださいね」
「おう!」
素直に頷いてオリヴェルは通路の奥へと消えていく。
やがて身支度を整えて戻ってきた彼は、すっかり元の貴公子然とした様相を取り戻していた。
つるりとした質感の薄青の衣装を纏い、肩より少し長い白金色の髪をサラサラと靡かせて戻ってきた彼は、テーブルに並んだ料理の数々を眺めて感心したように言った。
「な~~んつ~か……あんたホントにマメなんだな。部屋も浴室も独り暮らしの男の住まいとは思えない整いっぷりだし、この料理も……すげぇよ」
メインとなる肉料理にオードブル、サラダ、スープ、パン、デザートといった完璧なまでのフルコース。
別れた妻からも「いつでも嫁に行ける」と太鼓判を押された腕前だ。
もはや笑うしかない複雑な心境を抱えたまま、ジャックスは食卓へと促した。
夕食の席でオリヴェルが語った話によれば、彼はイシュガルドに古くから続く、とある子爵家の嫡男であるらしい。
しかし彼の上下にいるのは4人の姉に2人の妹。つまり彼以外すべて女性なのだ。
そんな女ばかりの姉妹の間で育てられたため、半ば強制的に身につけさせられた貴族女性らしい振舞いと、男らしさを追い求めたい心とが鬩ぎ合い、すっかりやさぐれてしまった。
その上、歳の離れた姉たちにはそれぞれ外観的にも内面的にもずっと貴族然とした夫がいる。今さら自分が跡取り息子を名乗ったところで威厳もへったくれもなく見劣りするばかりだった。
それどころかこの歳になってまで乙女チックなアレコレを要求してくる姉妹たちにすっかり嫌気がさし、家督は姉たちに任せたと言いおいて出奔してきたのだという。
しかし古い体質に拘る爵家の人々は、なんとか彼を連れ戻そうと躍起になっている。そのせいで2ヶ月近く経った今でも、定住の場所を見つけることが出来ず安宿を転々とすることになっていたのだ。
「なるほど、それで得心がいきましたよ。どこか身体が悪いようにも見えないのに眠り込んでばかりなのが気にかかっていたのです。そうした事情であればやむを得ませんね」
デザートの皿を突きながら耳を傾けていたジャックスは頷く。
最後のひと匙を口に運び、匙をテーブルに置いたジャックスは、オリヴェルの紅蒼の双眸を見つめて苦笑を浮かべた。
「ここまで聞いたからには、もはや無関係と口にするのは躊躇われますね。分かりました。ちょうど部屋も空いていることですし、当分我が家を常宿としてお使いください」
「お!ホントか!? 助かるぜ!」
「ただし」
「うん?」
「いずれどこかで機会を見つけて、お家の方々との決着はつけてくださいね。お家騒動に巻き込まれるかもしれない点については善処いたしますが、貴方の行く末に関して、わたしには何の裁量権も無いのですから」
「…………ああ、分かってる」
テーブルの木目を睨むようにしてオリヴェルが頷く。
と、そんな折だった。
ジャックスの耳元でリンクパールが涼やかな音を立てた。
「うん?こんな時間に誰でしょう?」
怪訝に思いつつ応答すると、連絡を寄越したのは、ジャックスが所属する双剣士ギルドのマスターだった。やけに深刻そうな声色で話すマスターは、混み入った話があるのですぐにギルドへ来て欲しいという。
「わたしは急ぎ双剣士ギルドへ行って参ります。合鍵をお渡ししておきますので、貴方はご自由にお過ごし……」
「俺もいくよ」
「いえ、しかし」
「ぐっすり寝れたおかげで力が有り余ってんだ。それにその様子だと、ひとりでも多く人手を掻き集めたいって状況なんじゃねぇか?」
「……かもしれませんね。分かりました。では参りましょう」
2人はその場で転移魔法を使い、リムサ・ロミンサへと向かった。

